「一日一組限定」の「家族葬」…葬儀社に勤めていた作家が語る“理想”の葬儀とは

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夜明けのはざま

『夜明けのはざま』

著者
町田 そのこ [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591179802
発売日
2023/11/08
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

町田そのこ最新刊『夜明けのはざま』インタビュー:ままならなさに歯噛みする、誰かに寄り添う物語!

[文] 日本出版販売(日本出版販売)

■“芥子の実”のエピソードを託した人物が転機に

――本作には、芥子実庵の女性スタッフで仕事と結婚の間で揺れ動く佐久間、生花店で働くシングルマザーの千和子、芥子実庵に入社したばかりの須田、元恋人の葬儀に訪れた良子といった語り手をはじめさまざまな人物が登場しますが、特に思い入れのあるキャラクターはいますか?

思い入れがあるのは、やはり本作の軸になっている佐久間ですね。彼女の抱えている悩みや女性ならではの障害には、自分が佐久間の年齢だったら「これは受け入れられなかったかな」「諦めて従ってしまったかも」といった、私がこれまで感じてきたことや疑問を託したところがあります。

そして、書き上がったときにすごく気に入ったのは、三章の須田です。

大事な別れのセレモニーとして扱われる葬儀を、「誰しもが迎える強制イベント」と穿った目で見る人もいるのではないか。そういう角度からも書きたいなと思って登場させたのが須田でした。それが、書き進めるにつれて自分の中でもいろいろな気づきがあって、彼に“芥子の実”のエピソードを託すしかないと思ったんです。

この話を書き終えたときに、『夜明けのはざま』で自分が書きたい方向が固まったなとようやく思えたので、三章は私の中で転機であり、須田は物語の芯になった存在だと感じています。

――須田は過酷な環境で育ってきた人物ですが、彼以外の人たちも、一様に生きづらさや葛藤を抱えています。「自分の情けなさに歯噛みをしたことのない人間なんて、いないんだよ」というのは芥子実庵の社長・芥川の言葉ですが、シチュエーションは違っても、誰もが感じている痛みや苦しみを想起させるエピソードはどのように書かれているのでしょうか。

私はひがみっぽいというか、かなり人を羨んで生きているほうだと思います。今回も、そのネガティブな気持ちとか、こうなったら嫌だなという思いを自分の中で思いついたエピソードに落とし込んでいますので、私がコンプレックスの塊だからこそ、出てくる部分なのかもしれないです。

ただ、私はデビューしてからずっと「誰かの背中をそっと押せる物語を書きたい」と言ってきたのですが、今回は、「その痛みはわかるよ」「あなただけのものではないから苦しまなくていいよ」と誰かの傷に寄り添える物語になったのではないかと感じています。

それは意図したものではなくて、自分が感じてきた痛みや乗り越えたかったものを思い出しながら書いていたら、結果的に「頑張れ」と応援するよりも、寄り添う形になったのかもしれません。

――私は登場人物たちよりも年齢を重ねているせいか、「ちゃんと立ち向かってきたね」と自分のこれまでを物語に認めてもらったような気がしました。佐久間や須田のような若い人や、千和子や芥川のように年を経てなお葛藤を抱えて生きる大人たちなど、読んだ人がそれぞれどのような感想を抱くのか、語り合いたくなる物語でした。

私もすごく聞きたい反面、怖くもあります(笑)。本が出る前も出てからも、毎回不安にかられているので……。

たとえば結婚を悩んでいて、「何でこうなんだろう」ともどかしく感じている2人がいるとしたら、お互い椅子に座って向き合って、対話を重ねるしかないのかなと感じてもらえたらうれしいですね。


コンプレックスの塊ゆえ、「誰かの傷に寄り添える物語」になったのではと語る町田さん

■繋ぐことの“粋”

――四章の「あなたのための椅子」は、生きている人とも死んでしまった人とも、まさに対話の大切さを描いた一編ですね。

亡くなった人には「ごめんなさい」を永遠に伝えることはできないので、自分の中でどうにか折り合いをつけるしかありません。であれば、いろいろな考え方があるとは思いますが、人は「同じ過ちは犯さない」という方向に向かうのではないかと私は思うんです。

――亡くなった人とも、いま傍にいる人ともいかに向き合うのか。椅子は、さきほどおっしゃっていた死生観を象徴するようなアイテムになっていると感じました。

大事な話をするときには、椅子にちゃんと座って、誠意をもって向き合うことが大事ですよね。自分が相手にしてしまった取り返しのつかないことともきちんと向き合って、幸せだったことも思い出しながら、その反省を次に繋げていく。その時に、死者とはどういう形で向き合ったらいいのだろうと考えて出てきたアイテムが、椅子でした。

そして人間にも、誰にも把握できない死というタイムリミットがあります。本作の中に、「いつか、いつかと明日に任せて、逃げ続けていた」という一文を書いたのですが、私自身がわりと問題を先延ばしにするタイプで、「あのとき動いていれば」と後悔することがたくさんあります。生きているからこそ、いま動こう、いま対話しておこうという気持ちも込めて書いています。

――もうひとつキーワードとなっているのが、これまでの町田さんの作品にも通底する「繋がり」「繋げる」ということですね。

それも、たぶん私の死生観の中にあるのでしょう。

せっかくこの世に生まれた以上は、何も伝えないまま消え去っていくよりも、自分がもらったものや育てたものを次の世代に繋げていけるのは粋だなと思うんです。

もちろん先に生きるものとして、絶対に繋げてはいけないものもあります。本作で佐久間が押し付けられているような古い価値観は、私たちの世代で止めていくことが大事だと思うのですが、自分が繋げられるものを持っていて、それを押しつけがましくなく誰かにさらっと託せたら、かっこいいですよね。

――町田さんは、作品で多くの人に「繋いで」いらっしゃいますよね。

ありがとうございます。タイトルも私の名前も全部忘れてしまって構わないのですが、この本を読んでくださった方が、5年後、10年後に「なんの本かは忘れてしまったけれど、このエピソードだけは好きで時々思い出すんだよね」と話してくれたらすごくうれしいです。

取材・構成:ほんのひきだし編集部 猪越

日本出版販売 ほんのひきだし
2023年11月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

日本出版販売

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