ナチスが裁かれても「ソ連」はお咎めなしだった「ニュルンベルク裁判」は茶番劇だったか?

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ニュルンベルク裁判1945-46(上)

『ニュルンベルク裁判1945-46(上)』

著者
ジョウ・J・ハイデッカー [著]/ヨハネス・レープ [著]/芝 健介 [監修]/森 篤史 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784560093672
発売日
2023/08/30
価格
6,380円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ニュルンベルク裁判1945-46(下)

『ニュルンベルク裁判1945-46(下)』

著者
ジョウ・J・ハイデッカー [著]/ヨハネス・レープ [著]/芝 健介 [監修]/森 篤史 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784560093689
発売日
2023/10/03
価格
6,600円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

敗戦後の日本が直面した不条理を想起 「ニュルンベルク裁判」に見る画期的一面

[レビュアー] 岩田温(政治学者)

 保守派の多くが東京裁判に対して批判的だ。法的批判の論拠は二つの点に要約される。一点は、戦勝国が敗戦国を公平に裁く不条理、もう一点は事後法による裁きは「法の不遡及」に反する点だ。説得力がある批判だ。

 だが、戦勝国が敗戦国を事後法によって裁くのは常に間違っていると断言できるだろうか。

 東京裁判以前にナチス・ドイツの戦犯を裁いたニュルンベルク裁判の事例を検討すると視座が高まるはずだ。しかし、日本で手に入る同裁判に関する書籍はまだまだ乏しいのが現状だ。そうした現状を打破する画期的な一冊が本書である。被告人たちの逮捕から、裁判の過程、判決、処刑までを臨場感あふれる筆致で丁寧に描いている。

 戦勝国が敗戦国を裁くことの限界を感じさせるのは、ナチス・ドイツのポーランド侵攻の件だ。ヒトラーとスターリンとの間にはポーランド分割に関する密約が結ばれていた。すなわち、ソ連は裁判で裁く側でなく、裁かれる側に位置すべきだったのだ。

 裁判の際、ナチス・ドイツの外相であったリッベントロップに証人尋問を行ったザイドル博士はこの点を衝いた。だが、その効果は極めて限定的だった。「世界の強大国の意向に沿って行われる裁判」では、いかに理路整然としていても、裁判の正当性を否定する主張は認められなかったのである。

 では、ニュルンベルク裁判は全く無駄な茶番劇だったのか。それも極端な解釈だ。ナチスの「人道に対する罪」が明らかにされ、指導者たちが裁かれたことは人類にとって大きな意義があった。ナチスの人種差別に基づく世界観の論理的帰結は他民族の隷従、ユダヤ人の絶滅に他ならなかった。イギリスの首席検察官のハートレー・ショークロス卿は、いかなる戦争においても遺憾ながら残虐行為があると認めつつも、それらはあくまで偶発的なものであったと指摘し、次のように続けた。

「ここ(引用者注・ニュルンベルク裁判)で取り上げるのは、別のものです。意図的に考え出され、冷徹な計算のもとで組織的、大々的になされた犯罪です」

 狂気に取りつかれた独裁者が君臨し、唯々諾々と従う野蛮な官僚が欧州の破滅に向かって驀(ばく)進(しん)した時代の恐るべき犯罪。これを「人道に対する罪」として裁くことは間違っていると断言はできないはずだ。ナチズムを裁いたニュルンベルク裁判は、現代においても凶悪な独裁者に対する一つの歯止めとなっている。

 政治と法とを考える上でも興味深い一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2023年12月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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