100分で990円ポッキリ! 軽やかな中編小説レーベルの挑戦

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

うどん陣営の受難

『うどん陣営の受難』

著者
津村 記久子 [著]
出版社
U-NEXT
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784910207834
発売日
2023/07/07
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

100分で990円ポッキリ! 軽やかな中編小説レーベルの挑戦

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 自分が紙の本に期待していることのひとつに“一冊読み果せた!”という満足感がある。細々した雑事に追われていると、物語の終わりと同時に指が裏表紙にたどりつく読書が恋しくなるのだ。長編小説ならそれだけ達成感も大きくなるものの、疲弊している心身にはハードルが高い。また作品集の場合、ひとつひとつは読みやすいサイズである反面、続けて読むとモチーフ次第では余韻がぶつ切れになってしまうこともある。

 そんな悩める現代の本読みの前に彗星のごとく現れたのが、四百字詰原稿用紙換算で120~200枚程度の“中編小説”一本を一冊の本として売り出す季刊レーベル「100 min. NOVELLA」だ。今年四月に発足して以来、一日の終わりやまとまった移動時間に通読できる長さに加え、税込990円という価格設定に“待ってました!”の声が上がっている。執筆陣は李琴峰にはじまり、高山羽根子、吉川トリコなど実力派作家の名前が並ぶ。

「通例この長さだと、何らかの賞に関わる作品の場合は一本だけでも単行本化されますが、たいてい本文組をゆるくし、上製本にして1400~1600円程度の値付けで商品化する。また、賞に関わる作品でない場合は、作家さんにもう何作か短いものを書いていただいてからまとめて単行本化、という流れが多く見受けられます。でも“それって版元側のビジネスの都合なのでは?”と気になっていて。作家も読者も消耗しない形で本にできないかなと思ったのが発足のきっかけです」(担当編集者)

 コスト削減が大きな理由とはいえ、新書のようなサイズ感で驚くほど軽く、カバーのない装丁は立ちっぱなしの電車内でもめくりやすい。生活のすきまに馴染むデザインだ。七月に発売された津村記久子の『うどん陣営の受難』はひと月で重版が決定した。津村らしく、社内政治のしょうもなさをコミカルに描きながら、権力“じゃない側”で生きる人びとにそっと寄り添う本書の内容は、同レーベルにぴったりだともいえる。

「奇抜なことを始めるつもりは全くなくて。その作家さんを初めて読む入口になってくれれば、と」(同)

新潮社 週刊新潮
2023年12月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク