『『女の世界』』
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<書評>『「女の世界」大正という時代』尾形明子 著
[レビュアー] 斎藤美奈子(文芸評論家)
◆熱気みなぎる奔放な雑誌
大正期(1912~26年)は空前の雑誌ブームの時代だった。教養主義を謳(うた)う『婦人公論』から実用性で勝負の『主婦之友』『婦人倶楽部(くらぶ)』まで、この時代に創刊された女性誌は枚挙に暇(いとま)がない。
本書が論じる雑誌はそのなかでも異色の一誌というべき『女の世界』である。この時代の雑誌には私もそれなりに関心を払ってきたつもりだったのだけれど、いやはや、こんな雑誌がイケシャアシャアと出版されていたなんて!
『女の世界』が創刊されたのは1915(大正4)年。以来21年までの6年間、独自路線を走り続けた。その編集方針は<自由奔放、何物にもとらわれないアナーキーなゴッタ煮>だったと著者はいう。テレビもラジオもない時代の、いわばワイドショー。
実際、誌面に踊るのは戦後の女性週刊誌も真っ青な著名人のスキャンダルの数々だ。劇作家・島村抱月と人気絶頂の女優だった松井須磨子の不倫事件。自然主義作家・岩野泡鳴と「新しい女」の代表格たる岩野清子の別居騒動。これら夫婦間のゴタゴタを「問題の御夫婦」と題して連載にしてしまう一方、大杉栄と伊藤野枝および神近市子のバトルに至っては「大杉栄恋愛特集号」として当事者の手記のほか識者の論評も掲載。神近が大杉を刺す事件が起きたのはその後だった。
『女の世界』編集の中心にいたのは社会主義者たちだったという話が興味深い。編集発行人で版元の実業之世界社社長の野依秀一は『実業之世界』で大資本を徹底攻撃し、入獄を繰り返しながら部数を伸ばしたという人物だ。
ゴシップ記事の傍ら社会主義者らの硬派な論文も掲載する『女の世界』は彼らの隠れ蓑(みの)だったのか、それとも彼らが考える女の知的レベルに合わせた結果だったのか。
<出番が早すぎたため、何もかもがあまりに脆弱(ぜいじゃく)で、あだ花として終わった>雑誌。が、そこからほとばしるエネルギーには激動の時代の息づかいがみなぎっている。歴史に名を残さなかった女性作家らの活躍も含め、この時代の猥雑(わいざつ)な熱気に圧倒される。
(藤原書店・3300円)
東京女学館大教授を経て文芸・評論活動。著書『女人芸術の世界』など。
◆もう1冊
『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』平山亜佐子著(左右社)。潜入ルポの記者を活写。