『暗い引力』
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転落へ至る「引力」
[レビュアー] 岩井圭也(小説家)
不幸せになりたい、と思いながら生きている人はまずいないだろう。なれるものなら、誰もが幸福になりたいはずだ。
しかしこの「幸せ」というのが厄介なもので、万人に共通の「幸せ」というものは存在しない。資本主義社会ではお金が「幸せ」を叶えてくれる装置としてみなされがちだが、それも疑わしい。お金があっても不幸だという人はいるし、金欠でも毎日楽しそうに暮らしている人もいる。要は、当人の気の持ちようということだ。
幸福を追求することは仕事や家庭生活の原動力になるが、過度に追い求めると離れていってしまうのが難しい。「足るを知る者は富む」という老子の言葉があるように、適度なところで満足しておかないと、逆に破滅への道を歩くことになりかねない。例は、わざわざ挙げるまでもないだろう。大金欲しさに罪を犯したり、名誉のために嘘を重ねる人々。あるいは、業績を上げ続けるために無理をする企業。ちょっとニュースサイトを覗けば、そういう事例であふれている。
ただし、ニュースでは当人たちがどんな思いで犯罪に手を染めたり、嘘に加担したりしたのかはわからない。内心は他人には読めない。けれど、知りたい。
私はいつしか、道を踏みはずした人たちの心理を勝手に推測するようになった。あの人にはこんな事情があったかもしれない、この企業ではこんなやり取りがなされていたかもしれない……もちろん、すべて想像に過ぎない。けれど想像してしまうのが小説家の性(さが)であり、想像したことは文章に残しておくのが小説家の仕事である。
気がつけば、転落へ至る短編ばかり書いていた。計六編を書き終えた今思うことは、やっぱり誰もが「幸せ」になりたいのだ、ということである。怠惰や窮乏ではなく、「もっと幸せになりたい!」というまっとうな願いこそが、人を転落へ導く「引力」の正体らしい。