「猿田彦大神」とはどんな神なのか? 謎の正体に迫った高田崇史による謎解きミステリー

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猿田彦の怨霊

『猿田彦の怨霊』

著者
高田 崇史 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103393351
発売日
2023/12/22
価格
1,705円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

謎多き神を巡る二重の罠

[レビュアー] 高田崇史(小説家)

 ――博覧強記の民俗学者・小余綾俊輔が新たに挑む歴史上の謎は「猿田彦神」。『古事記』『日本書紀』で天孫降臨を先導したと伝えられながら、後に不可解な死を遂げ、最も謎多き神と言われる存在。かの中上健次をして「猿田彦がわからなければ日本の神はわからない」と言わしめながら、いまだその正体を明らかにした者はいない……。猿田彦とは何者なのか、その謎が古代史をいかに変えるのか。そして猿田彦の真実は、なぜ封印されてきたのか。『猿田彦の怨霊 小余綾俊輔の封印講義』の著者が語る。

高田崇史・評「謎多き神を巡る二重の罠」

「猿田彦珈琲」というコーヒー店は、名前は知っています。家の近くにもあるらしいのですが、行ったことがない。庚申塚や庚申塔、道祖神なども、昔から猿田彦と同一視されてきましたが、現代ではあまり意識されていないかもしれません。

 猿田彦の正体を突き止めなければならないと思ったのは、こんなことを言うと怪しまれるかもしれませんが、別の本の取材で、夫婦岩で有名な伊勢の二見興玉神社に行った時です。突然体調が悪くなって、もう全然動けないし食べられない。一泊する予定だったのに、キャンセルして帰ることになりました。

 二見興玉神社の主祭神が、興玉大神こと猿田彦大神です。それで、これは一度きちんと猿田彦のことを調べてみないといけないと思ったわけです。歴史、特に古代史を調べていると、至る所で猿田彦にぶつかる。なのに、お前、何もわかってないじゃないかと叱られたのでしょう。

 それから、いろいろ本を読んだり調べたりしましたが、誰も猿田彦の本質を言い当てていないんです。謎の神だとか言っているばかりで、結局、わからないということしかわからない。それでますます面白くなってきた。わからないと言われれば、こっちのものだから。

 たとえば、取材でどこかの神社に行って、宮司に「それはわかりません」と言われれば、こっちのもの。絶対に何かある。猿田彦は「大神」です。大神なんて、天照と猿田彦と、数えるほどしかいません。それなのに、これだけわからないということは、何かが隠されているわけです。

 主に平安時代から江戸時代にかけて、「庚申待ち」や「守庚申」と呼ばれる信仰・風習がありました。この「庚申」は中国の道教に由来していますが、仏教では帝釈天や青面金剛のこととされ、塞の神であり幸の神であり、神道では猿田彦です。京都には八坂庚申堂、大阪には四天王寺の庚申堂があり、奈良にも、ならまち庚申堂があります。

 この奈良の庚申堂に行くと、何だこれはと思います。重い石の香炉を担がされている猿の像があるんです。辺りには「括り猿」「身代わり猿」という飾りが吊るされている。東京・柴又の帝釈天には「はじき猿」という縁起物もある。人間に一番近い動物なのに、扱いが冷たい。

 どうしてこんなに猿が虐待され、蔑視されているのか。それは逆に言えば、重要な存在だったからです。重要で大きな存在だったからこそ、それに取って代わった者たちは蔑視し、卑しい存在、取るに足りないものと蔑んだ。

 猿田彦も同じです。『記紀』で「天孫降臨を先導する神」という役割に固定され、矮小化されてしまった。先入観を植え付けられて、それ以上先に進めなくなってしまった。これが猿田彦を巡る第一の罠です。

 共に伊勢国一の宮である椿大神社と都波岐神社を訪れた時、いろいろなことが繋がってきました。この二つの一の宮は、いずれも主祭神が猿田彦です。伊勢神宮は、伊勢国一の宮ではないのです。伊勢の猿田彦神社に至っては、明治になってから出来たものです。

 猿田彦の正体を探っていくと、どうしても古代史における、ある血統に関わらざるを得ません。『記紀』に記述された、非常に奇妙な箇所に秘められている真相を暴くことにもなってしまいました。だからこそ、ここまで辿り着いた人がいたとしても、大っぴらに書くことはできなかったのでしょう。これが第二の罠です。二重の罠に護られて、猿田彦は隠されてきたのです。

『猿田彦の怨霊』も、ノンフィクションや歴史小説の形だったら、書くことはできなかったでしょう。フィクションだから、ミステリーだから、書けました。でも、紫式部も『源氏物語』で、光源氏の口を借りて言っています。「物語の中にこそ真実がある」ということを――。猿田彦の真実は、この物語の中にあるのでは……と感じていただけたら幸甚です。

新潮社 波
2024年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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