『石原吉郎詩文集』
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背すじが凍るような恐怖
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「望郷」です
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石原吉郎はシベリア抑留の経験をもつ詩人である。東京外語大でドイツ語を学び、卒業後に応召。北方情報要員として教育を受け、関東軍のハルビン特務機関に配属された。
戦後は一般捕虜として3年間収容所で暮らした後、反ソ行為(諜報)の罪で重労働25年の判決を受ける。これによって、収容所ではなく刑務所に送られることになった。
〈この日から、故国へかける私の思慕は、あきらかに様相を変えた。それはまず、はっきりした恐怖ではじまった〉と、1971年に発表した「望郷と海」にある。
すでに新しい体制になった故国は自分たちのことをやがて忘れ去るだろう―それは〈背すじが凍るような恐怖〉だった。
そして彼は、故国が自分たちを恥ずべきものとして捨て去るだろうと思うに至る。その性急な断定は錯誤にちがいないが、〈およそとらえようもない昏迷のなかで、この錯誤だけがただひとつの手ごたえであった〉と石原は書いている。
こうして望郷は「怨郷」に変わる。さらに、囚人として東シベリアの密林に送られると、故郷を怨ずる力も尽き、今度は「忘郷」の時期が始まるのである。
1953年、石原は、スターリン死去の恩赦によって帰国がかなった。翌年から詩を発表し始め、高い評価を得るが、初めのうちは彼の前歴を誰も知らなかったという。抑留体験の詳細を文章にするようになったのは、10年以上が過ぎた60年代末になってからだった。