『ミミズの農業改革』
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『ミミズの農業改革』金子信博著
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
生態系生かす土づくり
「『みすず』で『ミミズ』?」と、カバーの絵もふくめ、おかしみを感じ、手に取っただけなのに、みるみる引きこまれた。歴史の埒外(らちがい)で、こんなに感興を覚えた書物は久しぶりである。どうやら身近にいるミミズの功徳らしい。
歴史ではふつうに「農耕」という。農地開発は、とりもなおさず耕耘(こううん)であって、その効率化・大規模化こそ歴史の発展であった。歴史家として農耕を考えない日はないし、耕耘は言わずもがなの前提である。ところが読了後、その既成概念はあっさり崩れているのを自覚した。当惑ではない。むしろスッキリしている。
本書の趣旨は単純明快、「日本の風土に合い、環境負荷が少なく担い手も確保できる、真に持続可能な農法の開発」である。一般の農業では、有機農法にせよ環境再生型の農法にせよ、土壌劣化が避けられない。その進行をくいとめるにはどうすべきか。
本書はミミズの生態を中心に土壌を分析した研究成果を説く、あくまで学問的な書物にほかならない。だから「落葉分解」「窒素動態」「耐水性団粒」「半閉鎖系」など、土壌学・生態学の術語やデータが頻出する。それでも晦渋(かいじゅう)難解ではない。ズブの門外漢でも、所説についていけるし納得もできる。これまた身近にいるミミズの功徳なのだろう。
「どこに着目するかによって見え方が異なる」のが学問の要諦。ミミズの目から出た結論は、土壌中の生態系を維持し、耕さずに土壌劣化を回避する「不耕起・草生栽培」の提言である。
しかし学際研究・異分野協働が常識の今日でも、往々にして関係者と「ほとんど言葉が通じない」。ミミズの農法刷新が産業全体の「農業改革」となるには、評者のように「農耕」といって憚(はばか)らない、積年の既成概念・利害関係を覆す必要がある。「沈黙するミミズたち」の代辯(だいべん)者となれるか。生態系にうるさいはずの、われわれ読者の意識も問われている。(みすず書房、3300円)