「名前を出せない方々に取材」して見えた人間の邪悪さ。半グレを題材とした『半暮刻』月村了衛×書店員座談会

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半暮刻

『半暮刻』

著者
月村了衛 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575246810
発売日
2023/10/18
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人間の持つ根源的な「邪悪」に打ち勝つために、「本の力」が持つ役割は大きい──『半暮刻』月村了衛×書店員座談会

[文] 双葉社


『半暮刻』月村了衛×書店員座談会

発売と同時に重版となった話題の社会派小説『半暮刻』。発売前に読んだ書店員からは絶賛の声が相次いでいた。そこで、今回は本の目利きである書店員が実際に読んで感じたことを著者に直接伝える機会を実現。貴重なやりとりを是非ご覧ください。

***

■100人中99人が否定しても、一人にとっては特別な一冊になりえる──本にはそういうところがあると思います

──本日、『半暮刻』のプルーフに、非常に熱いご感想をいただきました書店員の皆様にお声がけさせていただきまして、オンラインにて座談会の場を設けさせていただきました。まずは、月村了衛先生から一言、最初にいただきたいと思います。

月村了衛(以下=月村):今日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。皆さんからいただいたご感想は、本当に励みになって、それを頼りに今日を生きているようなところもあります。どうか本日はよろしくお願いいたします。

──基本的には書店員さんからの質問にお答えいただく形で進めさせていただきます。まず、最初は紀伊國屋書店福岡本店の宗岡さんからの「本書を構想された経緯を教えてください」という質問からお願いできればと思います。

月村:今回、双葉社さんで連載を始めるにあたって、どういう作品にしていこうかという話し合いをした時に、ふと思い出したのが半グレを取り上げたドキュメンタリー番組だったんですね。半グレの手下として女性を騙して稼いでいた学生が取材に応じているのですが、逮捕されなかったこともあって、「自分はいい社会経験ができた。この経験を次のステップアップに活かしていきたい」と平然と言ってのけていたんです。さらに、その学生は大手企業に就職したという。それを見ていて、怒りに駆られると同時に、この学生の精神構造はどうなっているんだ、ということを考えたときに、これは日本人だけではなく、人間が本来もつ邪悪さに起因するのではないか、と思い至りました。それを掘り下げていくことで面白い作品ができるのではないかと考えたんです。


紀伊國屋書店福岡本店 展開写真

──ありがとうございます。ドキュメンタリー番組がきっかけということで、現実に起きたこと、あるいは起きうることが物語を作るうえでのスタートラインになったということになります。それについて、芳林堂書店高田馬場店の江連さんから質問をいただきました。江連さん、お願いします。

江連:はい。描写がとてもリアルだったので、現実のことのようにドキドキしながら拝読したんですが、やはり緻密な取材をされたんですか?

月村:事実関係を調べる苦労というのはありました。取材に関しては週刊大衆の編集者の方がしてくださったので、その取材データをいただきました。通常、取材にご協力いただいた方には巻末に名前を出して御礼を伝えるのですが、今回に関してはそれが出来なかったんです。なぜなら、お名前を出せないような方々に取材しているからです。裏社会の人もいれば、実際に大きなイベントを仕切っている企業の方だったり。今回に関してはプロットがしっかりあったので、書く苦労はそこまでなかったんですが、取材で得た情報を取捨選択して、小説として組み込んでいくなかで、しっかりディティールをリアルに描写できたのではないかと思っています。そういう意味でも取材をお願いしてよかったですね。

江連:そうなんですね。週刊大衆の編集者さんに感謝です。半グレについては、本書を拝読して他人事とは思えない、そんな気持ちになりました。ありがとうございます。

──続いては、今回、書店員さんから感想をいただくなかで、主人公の一人である翔太を救ったのが小説だった、ということに感銘を受けた方がたくさんいたように思います。未来屋書店小山店の松嶋さんもそのお一人でした。

松嶋:はい、そうですね。本や人との出会いが翔太を救ったシーンが印象的でした。月村先生に質問なのですが、翔太と同じように、月村先生も人生の節目に出会った本や、気づきのきっかけになった本があったら教えていただきたいです。

月村:この一冊、みたいなのがあればいいんですが、私の場合、もう本当にすべての本としか言いようがないですね。100人中99人が否定しても、ある一人にとっては人生の特別な一冊になるかもしれない。本にはそういうところがあると思います。私自身は、本の存在によって、何とか生きてこられた、みたいなところがあるので。ただ、敢えて今の若い人に薦めるということでしたら、山本有三の『路傍の石』であるとか『心に太陽を持て』とかですかね。どちらも直球の作品ですが、他者に対する不寛容とか偏見が可視化された現代において、少年が社会と触れ合うことによって成長していく物語に若い人は触れてもらいたいなと思いますね。

松嶋:ありがとうございます。

──若い人に読んでもらいたい、という意味ではジュンク堂書店滋賀草津店の山中さんも『半暮刻』の感想に「すべての人に読んでもらいたい一冊」と書いてくださいました。

山中:『半暮刻』を読んで、自分自身がモノを知らないだけだったのかもしれませんが、ここで描かれている「真の悪」について考えさせられました。それだけに、この作品をたくさんの人に読んでもらって、悪の道に走らず、踏みとどまってほしいと心から思いました。

──若い人に読んでもらいたい、という声は紀伊國屋書店福岡本店の宗岡さんも書いていらっしゃいました。

宗岡:そうですね。自分自身もそうなんですけれども、自分の足元が今、何色なのかっていうのをすごく考えさせられる作品でした。だからこそ、悪に手を染めてる人や、そういう方向に行きそうになっている人たちに、この作品を読んでいただいて、今、自分がどういうことをしようとしているのか、ということを深く感じて欲しいなと思いました。本当に幅広い世代の方に一人でも多く届いてほしいと願っています。

月村:ありがとうございます。私もそう願っています。

──今回いただいたプルーフの感想で一番長文だったのが広島 蔦屋書店の江藤さんでした。まさに月村さんの思いが「届いた」からでしょうか、号泣した、とも書かれていました。

江藤:はい。まさか、こんなに泣かされるなんて……。ちょうど読んでいる時、自分自身も理不尽な目に遭っていて、小説のなかで理不尽な目に遭っている翔太が小説の存在によって救われていく。その様子に涙が止まらなくなってハンカチで拭きながら、このシーンがとても刺さったので何度も読み返したんです。こんな経験は初めてでした。

月村:ありがとうございます。実は、このシチュエーションはプロットにはなかったんです。書きながら、ごく自然に出てきたというか、本に対する自分自身の思いが、そのまま筆先からにじみ出てきたというイメージです。チョイスした本も、書きながら考えたんです。最初に、『脂肪の塊』にしようと決めてたわけじゃなくて、翔太がどう影響を受けるのがいいのかと考えた時に、自分の読書体験と翔太が置かれた状況から自然と『脂肪の塊』に行き着いた。それで、さらに書き進めていくと、翔太の隠されていた過去が出てきました。これもプロットにはなくて、全然考えてなかったんですよ。書いてて自分でもびっくりしてしまいました。どんな作品でも書きながら発見することがありまして、その発見が小説を書く喜びのひとつなんだと思ってます。

■今後の主人公の人生については、第一部「翔太の罪」、第二部「海斗の罰」というタイトルが答えということにさせてください

──「号泣した」とおっしゃった広島 蔦屋書店の江藤さんをはじめ、多くの方が翔太について触れてくださっていますが、もう一人の主人公である海斗については、浦和 蔦屋書店の唄さんが「お仕事小説」という観点から読んだ、と感想を送ってくださいました。

唄:そうですね。海斗が悪であることは確かですが、周りも海斗を利用していたと私は思ってまして。海斗は真面目ゆえ努力をしていましたし、それを社会が利用したという側面もあるように思えます。そんな海斗のような人間を救えるとしたら、何が救いのきっかけになるんだろうな、ということをずっと考えてしまいました。

月村:おっしゃることはわかります。しかしながら、本作の出発点は海斗のような人間の邪悪さに対する怒りでした。もちろん、努力するということ自体は素晴らしいし、称賛されるべきことだとは思うんですが、他人を踏みつけにして出世していくことを努力と言われたら、それは違うだろうと。ですので、海斗のような人間に救いはなくていいのでは、と思いました。そういう意味もあって、終盤に翔太が発する一言を敢えて入れたんです。それが何なのかは、読者の方も読んで発見していただければと思います。

唄:そうだったんですね。私ももう一度読んでみます。お話をお伺いできてよかったです。ありがとうございます。

──ここまで翔太と海斗という2人の主人公について語っていただきましたが、続いてはエンターテインメント小説という側面からご感想いただいたのが啓文社ゆめタウン呉店の三島さんでした。

三島:今回の『半暮刻』は現代の悪を描きながら、物語の終盤ではその国のトップでさえ、半グレなんじゃないかというところまで持っていかれたっていうところに戦慄を覚えました。同時に、本によって翔太が救われる話だったり、海斗がのし上がっていくけど、また転落する話とか、本日ずっと月村さんのお話を伺っていて、まったく隙のない小説だと知って、非常に感激しました。

月村:ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。

──ここで、実際に店舗で本書を売っていただいている皆さんに、改めてこういう人に読んでもらいたいなど、一言いただければと思います。まずは芳林堂書店高田馬場店の江連さん、お願いします。

江連:先ほども申し上げたんですけれども、この作品は、現代社会の闇を描きながら、厳しい境遇にいる人にも目配りされているので、ぜひ、若い方だけではなくいろんな方に読んでいただきたい作品だなと改めて思いました。引き続き頑張って売ってまいりますので、よろしくお願いいたします。

──ありがとうございます。続きまして、浦和 蔦屋書店の唄さん、よろしいでしょうか。

唄:はい。創作秘話を聞かせていただいて、また改めて読み直したいなと思いました。ディティールとリアリティのバランスがすごくて、本当にもう夢中になって読んでしまいましたが、色々もう一度考え直したい部分がたくさんあったので、読み直して、お店の読者の方に伝えられたらなと思います。本日はありがとうございます。

──未来屋書店小山店の松嶋さん、お願いいたします。

松嶋:今日は私の拙い質問にも答えていただいて、本当にありがとうございました。月村先生の作品を通して、私も半グレについて知ることができました。無関心主義で油断していると、日常のすぐ隣に存在するドス黒いものに足元をすくわれるという事を、広く知ってもらいたいと思いました。この作品を含め、月村先生の作品をたくさんの人にお届けできるように、尽力していきたいと思います。これからも先生の作品を心から楽しみにしております。改めて、本日は本当にありがとうございました。

──ありがとうございます。続きまして、ジュンク堂書店滋賀草津店の山中さん、よろしくお願いします。

山中:先生がおっしゃられている怒りっていうのは、私もすごく感じていたので、嬉しかったです。読み終わった後に、悪が蔓延してしまう状況には絶対なってほしくということをすごく感じたので、この本を読んで、色々考えてもらいたいなって切に思いました。本当にありがとうございました。

──広島 蔦屋書店の江藤さんも一言よろしいでしょうか。

江藤:先ほど言ったとおり、翔太のところで号泣してしまったんですよ。僕自身もやはり本があったから、今こうやって本の仕事してるんですけど、そうじゃなかったら多分何もやることがないような気がしてて。本があるから今こうやって、生きていけるんだなって思うと、翔太の気持ちがよくわかったんです。その一方で、真逆の人生を歩む海斗がその後、どうなるのか、というのが気になっているんですが、教えていただけますか?

月村:そうですね。それについては、本書の第一部が「翔太の罪」で、第二部が「海斗の罰」というタイトルになっています。それが答え、ということにさせてください。

江藤:なんとなく、おっしゃることがわかりました。ありがとうございます。

──ありがとうございます。続きまして、啓文社ゆめタウン呉店の三島さん、お願いしてもよろしいでしょうか。

三島:実は、本書で好きなシーンがあるんです。単行本だと256ページなんですが、海斗が部下の女性が読んでいるある本に対して皮肉を言うんですが、それが最後のシーンに繋がってきて、皮肉として海斗に返ってくる。こういう描写も含めて、とても好きな小説でした。

月村:最後のシーンについては、海斗の偏見や他人を見下している、彼自身の在り方を徹底的に批判したかった。その思いが書かせたやりとりだったんです。

三島:そうなんですね。とても印象的でした。ありがとうございます。


紀伊國屋書店福岡本店 展開写真

──最後のお一人になります。紀伊國屋書店福岡本店の宗岡さん、お願いします。

宗岡:月村先生と皆さんの話を伺って、この作品の魅力が深まったので、また何度も大切に拝読したいと思っています。個人的には、やはり海斗みたいな人を少なくしていくためには、広島 蔦屋書店の江藤さんがおっしゃっていたように、本の力が必要なんだな、と感じています。本の力と人の力の大切さが十二分に入っている本書を、本当に政治家の方も含め、世代問わずすべての人に読んでもらいたいと願っています。

──みなさん、ありがとうございます。最後になります。月村さん、一言いただけますでしょうか。

月村:はい。本日はありがとうございました。皆さん、本の力、という話をしてくださいましたが、こうして本の話で繋がり、思いが広がっていくのがいかに幸せなことか、改めて痛感しました。皆さんから寄せていただいた感想も、様々な表現で『半暮刻』を語っていただいて、身に余る光栄でした。著者としてはこれ以上の幸せはないと思いますので、どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。

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月村了衛(つきむら・りょうえ)プロフィール
1963年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。2010年に『機龍警察』で小説家デビュー。12年『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、13年に『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、15年に『コルトM1851残月』で第17回大藪晴彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、19年に『欺す衆生』で第10回山田風太郎賞を受賞。近著に『ビタートラップ』『脱北航路』『十三夜の焔』がある。『香港警察東京分室』で第169回直木賞候補初選出となった。

COLORFUL
2023年11月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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