戦場だけが、悲劇の舞台ではなかった――『凍りの掌 シベリア抑留記』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第56回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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『凍りの掌 シベリア抑留記』
おざわゆき[著](講談社)

終戦後に日本人が味わった地獄絵図を描く
『凍りの掌 シベリア抑留記 (1)』おざわゆき

  中国の吉林省長春市で行われた中日文化交流学会にゲスト・スピーカーとして参加した。本来なら「自分の任ではない」とお断りするところを引き受けたのはほかでもない。長春は死んだ父親がかつて暮らした街だったからだ。太平洋戦争が終わる前、長春は旧満州国の首都・新京市だった。父親は、小学生の時に両親とともに新京に移り住み、新京工業大学の学生として終戦を迎えた。
 私が小学生の頃、父親は満州での学生時代の思い出をよく話していた。ときどきは大学の同窓生が家に訪ねてくることもあった。楽しい思い出なんだろう。そんな経験もあり、私も学会のあとで、長春の街を地下鉄やトラムを使いながらひとりで歩いてみた。だが、旧満州時代を偲ばせるような建物は今やどこにも残っていない。ただ、片側四車線もあるような広々した道路が四方に通じている街並みが、父親から聞かされた思い出に少しだけ繋がっているような気がした。
 新京で終戦を迎えた父親は、その後の3年間、ソ連の捕虜としてシベリアの収容所に抑留された。しかし、そのことをほとんど語ることがなかった。辛かったのだろうとは感じていたが……。
 そんな私に、父親の苦労の一端を見せてくれたのが、今回紹介するおざわゆきのマンガ『凍りの掌』だ。作品は、おざわの父・小澤昌一の抑留体験を元にしている。

 ***

 1945年1月末。東洋大学予科の学生だった昌一に「臨時召集令状」が届く。いわゆる「赤紙」だ。兵庫県加古川市の北にあった陸軍歩兵連隊に入隊した小澤はまもなく戦地への移動を命じられ、2月20日、北満州の孫呉(現在の黒竜江省北西部)に到着。関東軍の補充兵に配属された。強力な軍事力で恐れられた関東軍の本隊が将校以下、南方に転戦したために、小澤たち補充兵はソビエト連邦との国境線を守るという任務を帯びていた。
 8月16日。小澤たちは一日遅れで「停戦」を告げられた。やがて、ソ連兵の手で武装解除され、「ダモイ(帰国)」という嬉しい知らせを受けたが、喜びもつかの間、彼らが乗せられたのは祖国への引揚船ではなく、シベリアの収容所への輸送船だった。
 終戦直後、ソ連最高指揮官スターリンは、極東シベリアの環境下の労働に適した日本人50万人を選出するよう命じていたのだ。

 当時まだ学生で戦闘員ではなかった私の父親がなぜ捕虜になったのか、ずっと謎だったのだが、この作品を読んでようやくわかった。もともと捕虜ではなく、敗戦国から労働力=奴隷を連れて帰ることが目的だったのだ。

 目的地の港からシベリアの荒野を何日も行軍した昌一たちがたどりついたのは、秋とは言え極寒のキヴダ収容所だった。宿舎は寒さを防ぐこともできないような掘立小屋。満足な食料も与えられないまま、彼らに命じられたのは石炭掘りの重労働だった。ロシア兵の銃で脅され、マイナス30度以下の寒さに凍え、一日中働かされる日々。祖国に帰る希望もなく、苦役から解放される方法は死だけ。こんな地獄に、昌一たちの他に50万人もの日本人が投げ込まれていたのだ。

 病気で死んだ収容所の仲間・阿矢谷の最後を描いた場面が心を打つ。祖国を思い、母の姿を浮かべながら、童謡「ふるさと」の歌詞を口にしながら死んでいった阿矢谷。凍土に掘られた墓穴は浅く、すでにたくさんの遺体が横たわっている。そこに置かれた阿矢谷の手はすでに氷の塊のようだった……。
 おざわは、「世の果て 地の果て そんな生易しいものじゃない」と書く。

 祖母から聞かされた話では、私の父親も破傷風に罹って、生死の境をさまよったのだという。生きて戻ったのは、運が良かっただけなのだ。父親からはその話も聞いていない。

 その後、ギヴダから汽車でライハチの収容所に送られた昌一。待遇は、ギヴダよりもましだったが、ここにも新たな地獄が待っていた。日本人捕虜の「赤化民主化」を狙った教化活動だ。同じ日本人を使って「悪いのは日本の軍国主義と資本主義で、労働者と農民の国・ソビエトは理想の国」という思想が叩き込まれていくのだ。日本にいたときに経営者だったり、学者やインテリだった人間は、同じ日本人捕虜によって「人民裁判」と称して容赦なく吊るし上げられた。反動的な人間を密告することで、帰国する条件をよくしようとする人間も出てくる。嫉妬や憎しみから陥れようとする者さえいたのだ。

 全編を読んで、一番つらかったのはこの部分だ。祖母からはときどき「あんたのお父さんがあんなねじくれた性格になったのは、シベリアでひどい目にあったからや」と聞かされたが、たぶんこのことだったのだろう。
 私の父親やおざわゆきの父は生きて日本に戻ることができた。が、シベリア抑留者のうち、行方不明者や推定死者を含めた34万人は生きて故郷の土を踏むことがなかった、という。さぞや無念だったろう。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年8月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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