『幸福の増税論』
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幸福の増税論 財政はだれのために 井手英策著
[レビュアー] 中村達也(経済学者)
◆「サービス」無償の社会へ
かつて「一億総中流」と呼ばれていた時代があった。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と、もてはやされたこともあった。時代は大きく変わった。著者がかねて指摘してきた「分断社会」がいま目の前にある。一九九七年以降、実質賃金の下降は止まらない。世帯収入四百万円未満が全世帯の約半数、三百万円未満が三割という。そんな中で人々が政治と政府に不信感をつのらせ、他人への信頼を失いかけている。そうした「分断社会」を乗り越えて「頼りあえる社会」への転換の道筋を、財政のあり方を軸に大胆に示したのが本書。
その際に基軸となっているのが、「ベーシック・サービス」という考え方。この二、三十年来、「ベーシック・インカム」が注目されてきた。すべての個人に、無条件で一定額の現金を定期的に給付するというものである。一方、著者が提起している「ベーシック・サービス」は、現金ではなく、医療、介護、育児、教育、障害者福祉といった「サービス」を無償で提供するというもの。すべての個人に対してではなく、そのサービスを必要とするすべての個人にである。
当然のことながら、膨大な財源が必要となる。著者の試算によれば(財政健全化分も含めて)、消費税率11ポイントの引き上げが必要だという。つまり、8%から19%へ。その際、消費税の逆進性を緩和するために、所得税の累進度を高めたり、相続税を引き上げたり等々、税のパッケージで全体として負担の公平性を担保する。医療、介護、育児、教育、障害者福祉といったサービスを、必要なときにいつでも安心して享受できるための増税、それゆえ「幸福の増税論」というわけである。
真摯(しんし)で大胆な問題提起、それだけに、共鳴するところ大である一方、おそらくは批判や反論を呼び起こすかもしれない。そうした予想される批判や反論に、著者は逐一、説明を試みている。なるほどと大いに納得できるものもあれば、疑問の残るものもある。ぜひとも、実りある論争が展開されることを期待したい。
(岩波新書・907円)
1972年生まれ。慶応大教授。著書『経済の時代の終焉(しゅうえん)』『18歳からの格差論』など。
◆もう1冊
山森亮(とおる)他著『お金のために働く必要がなくなったら、何をしますか?』(光文社新書)