コラムニスト・堀井憲一郎が選ぶ“長~~~い”欧米文学3選

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  • デイヴィッド・コパフィールド 1
  • レ・ミゼラブル 1
  • 大地 1

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テキストは絶対ではない

[レビュアー] 堀井憲一郎(コラムニスト)

堀井憲一郎・評「テキストは絶対ではない」

調査するコラムニスト・堀井憲一郎さんがオススメする欧米文学とは?

 * * *

 新潮文庫はえらいんである。

 私の中ではそういうことになっている。特に欧米の文学がたくさん読めるところがえらい。なかでも長い小説がえらい。

 若いころは読めなかったけど、ある程度の年齢になると長い小説も読みきれるようになった。もし十七歳の自分にそのことを告げたら驚いて腰をぬかして馬鹿になっちゃいそうだけどそのころはもともとかなり馬鹿だから心配しなくていい。

 昔はすぐに跳ね返された。『魔の山』では山に登らず、『誰がために鐘は鳴る』では鐘も見えず、『アンナ・カレーニナ』はアンナにさえも出会っていない。アンナ、クリスマスキャンドルの火は燃えているんだろうか。違います。いろいろ混ざってしかも間違っています。では、パリは燃えているのか。燃えてません。落ち着きなさい。

 長い本が読めるようになったのは、たぶん、自分でも何冊か本を出したからだ。

 テキストは絶対ではない、作者にさえ制御しきれてない部分がある、早い話が、あとで自分で読んで、なんだこりゃ、誰が書いたんだ、とおもえるようなものがおもしろいのだと悟った。細かいところは気にせず読むようにした。わからなかったり、想像できなくても、かまわず読み進める。ぐいぐいと読む。それでいいと割り切った。

 そうなると、小説は長ければ長いほどおもしろい。

 お薦めは『デイヴィッド・コパフィールド』4巻、『レ・ミゼラブル』5巻、『大地』4巻。あわせて新潮文庫で私の好きな13冊だ。

 ディケンズは「おもしろい小説を書く人」として頭抜けている。

『デイヴィッド・コパフィールド』はめちゃめちゃおもしろい。ディケンズの自伝的小説らしいが、たぶん嘘いっぱいの自伝である。それでいい。楽しい嘘をつけるのは偉大なる才能だからだ。

『レ・ミゼラブル』もめちゃめちゃおもしろい。ジャンバルジャンは逃げる。ジャベールが追う。コゼットが愛らしい。そういう展開だ。

 でも、この小説のすごいところは作者のユゴーが物語と関係なくどんどん出てきて、ひたすら自説を説くところにある。「ワーテルローの戦い」「修道院」「浮浪児について」「七月革命」「隠語」「暴動」「パリの下水道」など、ストーリーとはまったく関係なくユゴー翁が自説を説きまくる。ほぼ、酒席での上司の無駄話である。ダイジェスト訳では、このへんはばっさり切られる。でもそれはなんか違うんである。

 無駄を省くと、たぶん、人生は貧しくなる。

『レ・ミゼラブル』はジャンバルジャンの生涯を追っただけでは、その作品の半分しか読んでないとおもう。ユゴー翁の無駄話に付き合ってこその「噫、無情」なのだ。

 パール・バック『大地』は知ってはいたがまったく手にさえしたことのない小説だった。それを「長い小説が読みたい」という心持ちで読み始めたら、はまりこんでしまった。めちゃめちゃおもしろい。

 作者名とタイトルから、欧米のどこかの土地を汗水たらして耕す実直な人の話だと勝手におもっていたのだが、全然ちがってたまげた。

 中国ものだった。劇的な中国のお話。清朝末期から新時代への中国を舞台に、波瀾万丈捲土重来一石二鳥焼肉定食な中国の男たちの物語だった。これ、めちゃめちゃおもろいやつやーん、それやったら早く言ってよー、といいながらすっと読んじゃった。

 残る長いのは『風と共に去りぬ』くらいかとおもって、先週からうかうかと読み始めたら、これもめっちゃおもしろい。予想もしてない世界が展開して驚いてる。

 昔の名作は、想像していたのとまったく違っていることが多く、それは想像が悪いというのもあるが、作品の持ってる「とっても身近に感じさせる力」がすごいからだとおもう。

 古いのに、いまだに新潮文庫で売られてる小説はすべて力を秘めた作品たちである。新潮文庫で売られている昔の小説を読むといいとおもう。私はまだまだ読むぞ。

※[私の好きな新潮文庫]テキストは絶対ではない――堀井憲一郎 「波」2020年7月号より

新潮社 波
2020年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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