三島由紀夫の存在を誰よりも意識して育ったハリー杉山 その思いを語る

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『仮面の告白』三島由紀夫[著]新潮社

『仮面の告白』と『潮騒』

 三島さんは僕が生まれる前に亡くなってしまったので当然会ったことはなく、初めて接点を持ったのは、確か7~8歳の頃、父親の書いた本の中ででした。でも最初に目にしたのが、あの聖(サン)セバスチャンを模して縛られているハードな写真だったんですよ。

 これ、これ。もう、見てはいけないものを見てしまった感覚でしたね。母が「日本の有名な作家さんだよ」と教えてくれましたが、危険視していたのか小説は勧めてきませんでした。実は父からも三島さんの作品を読めと言われたことはないんです。でも書斎には三島さんの写真や手紙、関連書籍が山のようにありましたから、興味を持つのは必然でした。

 三島さんの小説との出会いは10代半ばになってから。初めて手にしたのは『仮面の告白』なのですが、正直、イギリスにいた14~15歳の頃の僕は日本語が全然わからなかったので、読んだのは英語版の『Confessions of a Mask』です。僕は初めの頃、三島さんの作品を翻訳されたものでしか知りませんでした。『仮面の告白』はとにかく強烈でヘビー。特に「人生で初めて射精を経験する」という描写にはすごくびっくりしたことを覚えています。最初に見た写真のせいでアブないイメージもありましたしね。それに、僕が通っていたイギリスの学校は、当時まだ同性愛やダイバーシティが受け入れられるような環境ではなく、「なぜかそうなっちゃう人がいる」と病気のような扱いをしていた。他人を揶揄する時に「ゲイ」という言葉を使う人もいたので、当時の僕にとっては完全にネガティブな印象でした。

 でも、このインタビューを受けるにあたり改めて読んでみたら、三島さん自身、つまり平岡公威(きみたけ)のセクシュアリティ以外に、厳格な祖母・夏子さんとの関係性や周囲との関わりも事実に忠実に描かれていることに気付き、今回は三島さんのオートバイオグラフィーとして興味深く読むことができました。食べ物や音楽と同様に、自分の年齢や環境、人生に対する余裕次第で小説の感じ方が違うことを体感できましたね。同時に、すごく「今」な作品だとも思いました。この中で扱われているLGBTQというテーマは、現代の僕たちにもすごく響くと思うんです。そして、ある意味恐ろしい。三島さんが生まれたのが1925年なので、『仮面の告白』は三島さんが24歳の時の作品です。この価値観を当時の戦後の日本に下した感覚は、とてつもなく進んでいて、三島さんの頭の中が恐ろしい。


『潮騒』三島由紀夫[著]新潮社

 その次は『潮騒』に出会って、三島さんにはさらに驚かされました。『潮騒』は、とにかく海の風景とか、細かいところまでこだわった自然の描写がスゴイ。それに『仮面の告白』の強烈な印象から一転して、『潮騒』は超純愛ピュア野郎じゃないですか。これが三島? こんな美しい作品もあるの?って、不思議に思いました。それに『潮騒』には、なんでやねん!みたいな突っ込みどころも満載。例えば、恋に落ちる主人公の新治と初江が、お互いどういうポイントを好きになったかは全然描かれなくて、唐突に恋愛が始まりますよね。僕が人を好きになるときは、リスペクトする部分に気付いたりとか、何かアプローチしたくなるきっかけみたいなのがあるんですが、それがこの二人には見えないんです。三島さんは、人を好きになる理由やきっかけをあまり考えない、直感で生きる人だったのかもしれないなあと思ったりしました。

 それから、数年前の舞台化をきっかけに『豊饒の海』四部作も読み直しました。『豊饒の海』については、父から、三島さんが書き上げるのにどれほど苦労していたかということを何度も聞かされていたので、読むべき作品という印象が強いです。三島さんが人生というジグソーパズルの最後のピースをはめるべく悪戦苦闘した作品だけあり、読んでいると、文章の節々から三島さんがもがいている印象を受けます。『仮面の告白』や『潮騒』のようなインパクトとは違います。輪廻転生というテーマからも死を意識したものを感じるので、これを書いていたとき、三島さんが自身の死後の輪廻転生まで想像していたのかは気になりましたね。

ヘンリー・スコット゠ストークス(Henry Scott-Stokes)
1938年、英サマセット州グラストンベリー生まれ。オックスフォード大学修士課程修了後、62年フィナンシャル・タイムズに入社。64年『フィナンシャル・タイムズ』初代東京支局長として来日。67年より『タイムズ』、78年より『ニューヨーク・タイムズ』でそれぞれ東京支局長を歴任した。著作に三島の伝記『三島由紀夫 生と死』(徳岡孝夫訳、清流出版 原題 "The Life and Death of YUKIO MISHIMA")ほか多数。

ハリー杉山
1985年東京生まれ。所属=株式会社テイクオフ。英ウィンチェスターカレッジを卒業後帰国し、投資銀行勤務の傍らモデル活動を開始。その後ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(中国語専攻)へ進学。現在モデル、タレント、俳優として幅広く活躍している。

スタイリング=前田順弘/ヘアメイク=豊田まさこ/撮影=坪田充晃(新潮社写真部)

新潮社 yom yom
vol.65(2020年11月20日配信号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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