なぜスポーツが経済学の研究対象になるのか? 『経済学者が語るスポーツの力』試し読み

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本書の概要
 本書の内容は大きく三つのテーマに分けられる。第1のテーマは「スポーツと教育」であり、第1章から第3章までが該当する。第1章では、スポーツ活動というものが、知識の習得や論理的思考力を身につけることを目的とした一般的に考えられている教育とは異なり、将来、社会人としてさまざまなコミュニティで活動するうえで必要なスキル(非認知スキル)を身につけることを目的とする教育であると捉える。
 一般的に男性のほうがスポーツに励んでいる印象を持つが、第2章ではスポーツ活動が将来の女性の学歴やキャリアに影響を与えるのかを検証した研究を紹介し、女性にとってもスポーツに励むことが未来のために重要であることを説明する。第3章では、行動経済学の話題に移り、選手は設定した目標を下回ることを嫌がる「損失回避的」な特性を持っていることを示す。設定した目標を下回りそうな局面において、それを回避するために土壇場で選手が頑張れるのは、根性という非認知スキルを彼・彼女らが持っているからだと考える。
 第2のテーマは「スポーツと企業」であり、第4章から第6章までが該当する。働くインセンティブをどう高めるか、職場内の差別をなくすにはどうすればよいのか、というのは一般的な職場だけでなく、スポーツ・チーム内でも大きな課題である。またプロスポーツの場合、チーム間の移籍は労働者の転職と違ってかなり制限されており、競争法や労働法の観点から問題となっている。さらには、近年、盛んに提唱されている人材のダイバーシティは本当に組織の生産性にプラスの効果があるのかという疑問がある。第4章と第5章では企業内でも抱えている課題をスポーツの世界に置き換えて考察する。第6章では、今でも日本スポーツ界の発展を支える企業スポーツを取り上げ、企業がスポーツ・チームを持つことが、従業員にどのような影響を及ぼしているのかについて独自のデータから検討する。
 第3のテーマは「スポーツと社会」であり、第7章から第9章までである。第7章では、その日本スポーツ界を支える企業スポーツに人材育成を頼りきりでよいのかという問題提起をし、政府や行政・自治体が地域コミュニティを巻き込んで、今後どのようにスポーツ人材育成に関与すべきかを論じる。第8章は、経済効果に関することである。東京オリンピック・パラリンピック大会を迎えるにあたり議論の的になった経済効果については、今後も検討されるであろう。その参考として、大会終了からある程度の期間の経済データが蓄積された長野オリンピック・パラリンピック大会を題材にして、経済効果があったのかを検証する。最後の第9章では、スポーツが高齢者の健康増進に寄与し、要介護認定率の引き下げに有効であることを示し、高齢者がスポーツに取り組めるような対策を考察する。

 本書の執筆にあたり、これまでに研究雑誌に掲載された研究成果、一般向けの雑誌に寄稿した文章、高校生・一般向けの講演の内容をベースに説明した。研究雑誌や一般向け雑誌に掲載した論文や文章は巻末の参照文献を見てほしい。研究論文の共著者であり、同僚でもある大竹文雄氏、そして研究会でお世話になっている三好向洋氏に御礼を申し上げる。また、スポーツ・データを使って経済学の研究に取り組む大学院生の丹治伶峰氏(大阪大学大学院経済学研究科)には、草稿を注意深く読んでいただき、間違いを指摘し訂正していただくと同時に、貴重なアドバイスを頂戴した。そのほか、後藤優子さん、後藤理佐さんにも草稿を読んでいただき、内容や表現の確認をしていただいた。ご協力くださった皆様に感謝したい。
 有斐閣の渡部一樹さんは、本書の執筆を勧めてくださった。当初、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会開催に合わせて執筆していたが、1年延期になったことで、急激にやる気が失せてしまった。そのときも急かすことなく、適切なタイミングで背中を押してくださった。今回、初めて本を執筆することもあり、不安な部分もあったが、そのたびに適確なアドバイスをいただき、非常に心強い思いをした。
 最後に、執筆をサポートしてくれた家族に感謝を伝えたい。
  2021年6月 佐々木 勝

※書籍の詳細はこちらから

有斐閣
2021年12月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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