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- ぎょらん
- 価格:935円(税込)
『52ヘルツのクジラたち』著者・町田そのこの文庫最新作!
人が死ぬ際に残す珠「ぎょらん」。噛み潰せば、死者の最期の願いがわかるのだという。地方都市の葬儀会社に勤める元引きこもり青年・朱鷺は、ある理由から都市伝説めいたこの珠の真相を調べ続けていた。「ぎょらん」をきっかけに交わり始める様々な生。死者への後悔を抱えた彼らに珠は何を告げるのか。傷ついた魂の再生を圧倒的筆力で描く7編の連作集。このうち、コロナ禍での死を描いた文庫のための書き下ろし「赤はこれからも」の冒頭を公開いたします。
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姉からの電話を何となく無視した四日後、姉の訃(ふ)報(ほう)が届いた。
「美弥(みや)ちゃん? 香弥(かや)が、死んだよ」
連絡してきたのは姉の夫である和史(かずし)さんだった。突然のことに呆然(ぼうぜん)としてしまった私に「落ち着いて聞いて」と話を続ける。姉は八ヶ月ほど前から流行し始めた新型コロナウイルス感染症に罹(かか)り、重症化して亡(な)くなったのだという。発熱して病院を受診したのは、四日前のこと。中等症と診断を受け、その場で入院。それから亡くなるまであっという間のことだったと和史さんが声を詰まらせた。
「コロナ……、ですか」
連日、関連ニュースが嫌になるくらい報道されていて、世界は閉鎖的になっている。
私の職場であるネイルサロンも、いっとき休業せざるを得なかった。また、営業を再開しようにも、マスクの徹底はもちろんのこと、消毒用アルコールや空気清浄機、プラスティック製のクリアパーテーションなどさまざまな対策が必要で、しかしそれらはどれも品薄状態でままならない。そんな中でようやく再開にこぎつけたけれど、客足は以前通りとはいかなかった。いつもみっしり入っていた予約は連日スカスカで、体調不良による当日キャンセルも増えた。お客様たちはみんなどことなく申し訳なさそうに来店し、施術(せじゅつ)中の会話も以前よりぐんと減った。その中でときどき『兄の勤める会社でコロナが出たみたいで』『親戚(しんせき)の知り合いがコロナで亡くなったって』という近いようで遠い場所の話がそっと囁(ささや)かれた。
しかし、私の周囲で、私の知っているひとはみんな、健やかだった。だからこそ、自粛という言葉に少し辟易(へきえき)していたひとは多かったし、私もまさしくそのひとりだった。誰に言ったわけでもないけれど、鬱屈(うっくつ)していた。楽しみにしていたイベントは中止になったし、好きなアーティストは鬱みたいになって活動を停止した。よく通っていた居酒屋はずっと休業中で、仲の良い友達は夫が在宅ワークになって始終家にいることの愚痴ばかり零(こぼ)してくるようになった。
でも、本気で憂(うれ)えていたわけでもない。私だけに降りかかった災厄ではない。病という嵐(あらし)の中で、みんながじっと息を潜めているのだ。そして、世界のいたるところで医療従事者が闘ってくれている。看護師の友人のSNSを見れば、その激戦ぶりが分かった。たくさんのひとたちがきっと、嵐を追いやってくれる。そうなれば、あのときはちょっとしんどかったね、なんて話す日がやって来るのだ。そんな風に、漠然と信じていた。
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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。
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