かつては「富士山」より「八ヶ岳」の方が高かった? 諏訪に伝わる驚きの伝説を科学的に解明する

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富士山がナンバーワンじゃないの!?

日本一高い山といえば、多くは「富士山」を思い浮かべるだろう。

しかし、これに異を唱える伝説が長野県の諏訪地域にある。かつては、八ヶ岳(やつがたけ)こそが日本一高い山だったのに、富士山に叩き割られたから低くなってしまったというのだ!

八ヶ岳とは、日本百名山の一つにも数えられる、長野県から山梨県境に位置する火山群である。2500m前後の山々が南北約20キロにわたって連なり、最高峰の赤岳(あかだけ)は標高2899mにもなる。

しかし、富士山の標高は3776mだ。八ヶ岳とはあまりに差があるし、富士山が叩き割ったなんて馬鹿馬鹿しい……と、普通なら片づけてしまうこの伝説に科学的アプローチで挑んだのが、『空想科学読本 「高い高い」で宇宙まで!』(柳田理科雄、角川文庫)だ。

諏訪地域で語り継がれる、富士山と八ヶ岳の背くらべ伝説の内容とは? そして、八ヶ岳が日本一高い山だったなんてことがありえるのだろうか? 以下、本書の一部をもとに再構成してお伝えする。

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八ヶ岳の最高峰である赤岳

富士山が八ヶ岳を叩き割った!? 諏訪地方に伝わる驚きの伝説

 これは、諏訪(すわ)地方に語り継がれる、かなり有名な伝説である。昔、富士山と八ヶ岳が、どちらが高いかでケンカをしていた。いつまでもモメているので、阿弥陀如来(あみだにょらい)が2つの山の頂上から頂上へ長い樋(とい)を渡し、真ん中に水を注いだ。すると水は富士山のほうに流れていった。水は低いほうに流れるから、八ヶ岳の勝ちだ。ところが、この結果に怒った富士山は、その樋で八ヶ岳を叩いた! それによって八ヶ岳は山頂が割れ、いまのように多くの峰に分かれましたとさ。

 本当だろうか?……って、ホントのはずはない 。これはあくまでも伝説だ。

 富士山は日本を代表する山だから、この伝説にムッとする人もいるかもしれない。静岡県や山梨県の皆さまは、とくに怒髪天を突いているかも。でもこの話、科学的に考えてみると、なかなか面白そうなのだ。伝説の内容に沿って考えた場合、富士山に叩き割られる前の八ヶ岳は、どれほど高かったことになるのだろうか?

10万年前は富士山より八ヶ岳の方が……

 八ヶ岳は、長野県から山梨県にかけていくつもの峰が並んだ火山群だ。最高峰は赤岳(あかだけ)で標高2899m。単独峰の富士山とは対照的だが、そうなった理由を、地質学者の内藤久敬先生が「伝説『富士山と八ヶ岳の背くらべ』の地質学的考察」という論文で解説されている。要約させていただくと、次のとおり。

 富士山は50万年前から1万年前にかけて、ほぼ同じ場所で4回の大きな噴火があり、古い溶岩に新しい溶岩がかぶさることを繰り返し、高くなった。10万年前の富士山は、2700mほどしかなかった(現在は3776m)。

 一方、八ヶ岳は130万年前に北端の蓼科山(たてしなやま)あたりで噴火が始まり、南に向かって噴火が進んだ。大きな崩落も起きたが、25万年前には高さが3400mもあった。

 すると、10万年前に現在の高さと同じだったとしても、同時代の富士山より高かったことになる。なんとなんと、伝説は正しかった! 10万年前とは、現在の人類がアフリカを出て世界中に広がり始めたといわれる時代である。その頃、阿弥陀如来がいらっしゃったかどうかは定かでないが、科学と伝説の奇跡的な符号にはびっくりだ。

柳田 理科雄(やなぎた  りかお)
1961年鹿児島県種子島生まれ。東京大学理科I類中退。96年、経営していた学習塾の赤字を埋めるために『空想科学読本』を執筆したところ、60万部のベストセラーに。だが、塾は潰れてしまい、99年に空想科学研究所を設立して研究と執筆に専念。2007年、希望する全国の高校図書館に向けて「空想科学 図書館通信」の毎週配信を開始する。13年スタートの『ジュニア空想科学読本』(角川つばさ文庫)が小中学校でブームになるなど、読者層はいまなお拡大し、著書の総累計部数は880万部。明治大学理工学部非常勤講師も務める。

Book Bang編集部
2023年8月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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