不妊治療後に夫を“卒業”して「不倫」にハマった47歳女性の“馬鹿みたいなプライド”

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「正直言って、すぐに出来ると思っていました。生理も順調だし、健康だし、出来て当然だって。でも、出来ない。検査を受けましたが、私も夫もこれといった問題はなし。2年過ぎて、37歳からは不妊治療も受け始めたんですけど、やっぱり結果が出ない。夫も欲しがっているし、義父母からも、ストレートではないにしても催促されているのがわかっていたし、当たり前のように出産していく友人たちへの焦りもあって、やっぱり追い詰められていきましたね」

不妊治療は肉体的にも精神的にも、もっと言えば経済的にもきついと聞く。

「まさにそうでした。覚悟はしていましたけど、想像以上でした。体調が悪くて仕事に支障が出ることもありましたし、気持ちのストレスは相当だし、何十万単位の費用もかかって貯金も減っていきました。こんなつらい思いをするなら、子供のいない人生だっていいじゃない、と考えた時もあったんです。でも自分の気持ちを突き詰めていくと、やっぱり我が子をこの腕で抱きしめたい、むしろ、その思いは強くなる一方でした。不妊治療はニュースやネットでよく見聞きしていたんですが、周りにはそういう人がいなくて、辛さを共有できる相手もいなかったから孤独でしたね。5歳年下の妹が妊娠したと知った時は心底落ち込みました。みんなができることがなぜ私にはできないんだろうって、劣等感というか敗北感というか、自分に自信が持てなくなってしまいました」

聞けば、彼女は子供の頃から成績もよくスポーツも得意で、周りから優等生と言われる存在だったとのこと。きっと初めての挫折だったのだろう。

■不妊治療に専念したけど、夜の生活は…

「40歳になった時改めて考えました。自分はとことん治療に取り組んだろうか、真剣に子づくりと向き合っただろうかって。答えはNO。でも今ならまだ間に合うかもしれない。知り合いに42歳で出産した人がいるんです。仕事はまた見つけられるかもしれないけれど、出産にはタイムリミットがある。それなら今、すべてを賭けてみようと決心したんです。夫も賛成してくれました。それで退職を決めたんです」

仕事も大事だけれど、人生も大事。子供を持ちたいという願いは、彼女の本能の叫びのようなものだから、それを否定する気はない。もちろん、彼女が働かなくても経済的に困らないという、恵まれた環境があったことを、彼女自身、どこまで認知していたのかはちょっと掴めないが。

「夫は最初、喜んでくれたんですよ。専業主婦になって、手の込んだ料理を作るようになって、お弁当も作って、家事もすべてやって、おかえりなさいって毎日出迎えてあげて、とても気分がよかったみたいです。でも私の頭にあったのは子づくりのことだけでした。仕事を辞めたら、なおさら焦る気持ちが強くなったというか、今までのように『仕事があるから』という言い訳が通じなくなってしまったせいもあって、とにかく何がなんでも妊娠しなければってそればかりでしたね」

人は自分を納得させるために、それ相応の言い訳を必要とする。それは自分を守るための手段でもあるのだから、追い詰められた彼女の気持ちは理解できる。

「でも、その頃からかな、夫との行為が味気ないものになってしまったのは。夫も同じだったと思います。愛情とは関係なく、もう義務でしかないんですから。終わると、どうせまた出来ないんだろうなっていう空しい気持ちになるし、生理が来ると、ああやっぱり駄目だったって泣けちゃうし」

そして先が見えない闘いに入っていったと、彼女は言った。

「諦めが付いたのは45歳の時でした。世の中には40代後半でも妊娠する女性がいるんだから、私ももう少し頑張れば何とかなるんじゃないかって、自分を励まして調べたりもしていたんです。でも生理が止まってしまいました。医者から閉経ですって言われた時はショックでした。いくら何でも早過ぎると思ったんですけど、最近は40代で閉経する人も多いみたいですね。それを宣告されて、さすがに諦めるしかないと思いました。やれることはみんなやった、閉経は自然の摂理なんだからこれが私の運命なんだって、ようやく受け入れることができたんです」

子供のいない私も、若い頃に葛藤した時期がある。生き物として命を繋げられなかったのは、生きる意味がなかったのと同じではないか。女としての機能を無駄にしてしまっただけなのではないか。
けれども、ある時こんな話を聞いて納得した。すべての生物が子孫を残せるわけではない。動物だろうと昆虫だろうと植物だろうと同じである。残せなかった、もしくは残さなかったことで、自然界のバランスが取れているのだ、と。

「夫も、これからは夫婦ふたりで人生を楽しもうって言ってくれました。たぶん夫もホッとしたんじゃないかな。そりゃそうですよね。義務からの解放ですから。それ以来、別に仲が悪くなったわけじゃないんですけど、夫とはそういうことをしなくなりました」

それに不満は?

「別になかったです。悪い意味じゃなくて、もう卒業って感じでしたね」

唯川恵
1955(昭和30)年生まれ。作家。1984年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞しデビュー。『肩ごしの恋人』で直木賞、『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞受賞。『ため息の時間』『100万回の言い訳』『とける、とろける』『逢魔』など、著書多数。

Book Bang編集部
2023年11月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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