『福澤諭吉』
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<書評>『福澤諭吉 幻の国・日本の創生』池田浩士 著
[レビュアー] 米田綱路(ジャーナリスト)
◆変革恐れ 阻止した論客
著者は中学から約15年にわたり、福澤諭吉が創設した学び舎(や)で過ごした。戦後日本が高度経済成長を遂げ、日米安保体制の確立へと進む時代だが、安保闘争に加わった著者は、学内で福澤の精神を説く教員に噓(うそ)を嗅ぎとる。軍事立国と戦争国家への近代化を歩み出す幕末維新期に遡(さかのぼ)り、福澤の言動を追う著者の問題意識はここに生まれた。「日本の創生」を追究するライフワークの結晶が本書である。
福澤が説く新しい文明の核心には、不分明にされてきた死角がある。たとえば自由民権論者の誰もが唱えた天賦人権など実は存在しなかった。それは所与のものではなく、その欠如や不自由を痛感する人びとが、不断の努力で、いまだない現実を獲得しようとする変革である。だが福澤は全ての変革を恐れ、阻止する論客へと姿を変えていった。
本書は、汗牛充棟の観がある福澤研究や評論とはおよそ様相を異にする内容だ。福澤と「じかに向き合う」ために初刊や初出に当たり、それが世に問われた時代状況と、当時の執筆動機を探りつつ、別の現実を読む。著者の姿勢はこれまでの独文学や「海外進出文学」研究、ファシズム研究と同様に一貫している。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」で知られる代表作『学問のすゝめ』の福澤は、内憂外患への危惧から、学問の有無によって貴賤(きせん)上下の差別をする姿を見せる。一国の独立を守る人民の責務を述べ、異論を抑えようとする高圧的な姿である。著者は、この本を評価し続けてきた「日本の近現代史の貧しさ」を直視すべきだと問う。
福澤の「脱亜論」は、西洋の文明国がアジアにとる態度を日本自らがとることを説いた。日清戦争を文明と野蛮との戦いと捉える、優勝劣敗の優生思想による文明論だ。また『帝室論』では帝室と人民の「心情の紐帯(ちゅうたい)」を説くが、著者はこれが現代にまで息づいていることを解き明かす。
福澤に比して弟子の城泉太郎が見せた想像力と共和主義論は目覚ましい。このか細き系譜を発掘して甦(よみがえ)らせ、今日を根底的に異化する書だ。
(人文書院・5060円)
1940年生まれ。京都大名誉教授。著書『ファシズムと文学』など多数。
◆もう一冊
『さようなら! 福沢諭吉』Part2も。安川寿之輔(じゅのすけ)・雁屋哲・杉田聡著(花伝社)