茂木健一郎 アイスクリームの冷たさとコーヒーの熱さ/西原理恵子・佐藤優『とりあたまGO モンスター襲来!編』

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とりあたまGO

『とりあたまGO』

著者
西原 理恵子 [著]/佐藤 優 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784103019381
発売日
2016/12/16
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

茂木健一郎 アイスクリームの冷たさとコーヒーの熱さ

[レビュアー] 茂木健一郎(脳科学者)

 人間の脳を元気にするものは、たくさんあるけれども、「むちゃくちゃ」で「カオス」な読み物がその一つであることは言を俟たない。なぜならば、混沌に向き合う時に、私たちは、考え、感じ、決めなければならないからだ。自分自身の中の「基準」が問われるからだ。

 常識や定型的なことは、人間の脳を安心させる。その分ラクだが、私たちの心はたるんでしまう。そして現代は、そのようなラクなものが実に多い。これは、生命の危機であるとさえ言える。

 週刊新潮の「最後尾」に毎号掲載されている「週刊鳥頭ニュース」は、それを読む者の頭を元気にする。

 なぜならば、徹頭徹尾、むちゃくちゃだからだ(笑)。

 取り上げられるのは、誰でも関心を持つような時事ネタ。その分析、解釈、理解が、メーターが振り切れた、むちゃくちゃでカオスなのだ。

 むちゃくちゃと言っても、内容がない、ということではない。むしろ、内容がありすぎる。

 佐藤優さんの文章と西原理恵子さんのマンガが並んだ、その二頁の間に、何事もおとなしくなってしまった平成ニッポンにおける、唯一無二と言っても良いくらいの、異常なエネルギーに満ちたワンダーランドが広がっているのである。

 佐藤優さんの文章は、極めて理知的である。深い知識、分析力に基づき、戦略的な思考が繰り広げられる。「インテリジェンス」という英語には、日本語で言うところの知性と戦略の両方の意味が含まれているけれども、さすがは元外務省の切れ者、その優れたインテリジェンスに基づく分析には、魂を震撼させる力がある。

 加えて、佐藤さんの文章には、何ともいえない官能性がある。神学の知識か、幅広い教養のなせる技か。ヘルマン・ヘッセの『知と愛』でもテーマとなった、人間の中の「理知」と「愛」という深い傾向が、一人の中に同居しているのだ。これは、稀なことである。

 対する西原理恵子さんのマンガ。同じ題材なのに、なぜここまで、というくらい、毎回佐藤さんと「アプローチ」が違う。

 見る角度が「想定外」なのだけれども、どこかクスリと笑わされて、心を揺り動かされて、そして何よりも、読む前よりも自分が「自由」になっていることに気づく。

 これは、今の時代、本当に貴重なことだと思う。西原さんが繰り出す、いろいろな角度から飛んでくる「発想の飛躍」という刺激剤に、読み手の心が動かされて、いきいきと再生し始めるのだ。

 佐藤さんの文章と西原さんのマンガが並んで読める、この構成を考えた編集者は、「天才」だと思う。絶妙なコントラストが、全体として読む者の脳を根本から再活性化するからだ。

 コントラスト、そして差異こそが、生命をいきいきとさせる「秘蹟」である。アイスクリームの冷たさと、コーヒーの熱さの共存こそが素晴らしいと書いたのは、夏目漱石の弟子で物理学者の寺田寅彦だが、その意味では、「週刊鳥頭ニュース」のコントラストは「神ってる」。

 その連載をまとめた第五弾となる『とりあたまGO モンスター襲来!編』は、心を自由にして、活性化するカオスなコントラストのオンパレードだ。

 小池百合子都知事、シン・ゴジラ、天皇陛下の生前退位、英国のEU離脱、SMAP解散、人工知能……世間で話題になったさまざまなニュースについて、佐藤、西原の「最強コンビ」、いや「最凶コンビ」(池上彰さんによる命名)が繰り出す絶妙なコンビネーションが、読む者を元気づける。

 だいたい、おかしいよね。どんな時事ネタでも、「困ったものですね」とか、「お騒がせですね」といった予定調和のコメントを出すテレビのワイドショーとか、逆に「正論」や「常識論」しかない新聞の記事って。ちょっと立場が違うだけで、すぐにダメだと決めつけるネットもおかしい。

 それでは、私たちの中の生命が救われない。人間は、そもそも、生まれた時はこの世のことを何も知らない。幼子にとって、この世はカオスである。だからこそ、元気なのだ。

 時事ネタという、もっとも手垢がつきがちなテーマに対して、あたかも今日生まれたばかりのような新鮮な視点で眺めることを促してくれる『とりあたまGO』は、平成日本における、心の栄養ドリンクである。最近なんだか固定観念にとらわれていると感じている人、なんだか脳に元気がないと感じている人に、本書をぜひオススメしたい。

新潮社 波
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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