スウィングしなけりゃ意味がない ナチ体制下、ジャズに熱狂した少年少女

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

最高にクールな音が響く 戦時でも眩い青春群像

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 ナチスがものすごく格好悪い。そのダサさに史実をもとにした緻密な裏付けがある。最高に格好いい小説だ。舞台は一九三九年から一九四五年のハンブルク。体制によって頽廃音楽のレッテルをはられたジャズに熱狂する少年少女を描く。

 語り手のエディは軍需産業で成り上がった家の坊ちゃんだ。当時のドイツの青少年は、ヒトラー・ユーゲントの活動に参加することが義務化されていた。十五歳にもなって野暮臭い半ズボンを穿き、声変わりしたばかりの声で団歌を斉唱しなければならない状況にうんざりしていたエディは、ピアノの腕が絶品という噂の少年に声をかけられる。一緒にめかし込み、ジャズを生演奏するカフェに出かけたふたりは、スウィングが好きな仲間たちと知り合う。

 作中のスウィングは、純粋なドイツ人であることという属性だけを重視するユーゲントの文化の対極にあるものだ。民族も年齢も性別も階層も関係ない。誰であれ気持ちよく盛り上がる音を鳴らせる者は賞賛され、聴く耳を持つ人間は歓迎される。例えば、ごつい眼鏡を掛けた散切り頭の無愛想な女の子が〈まるで工事に来た配管工が道具箱を開けるように楽器ケースを開け、黙々と楽器を組み立て〉、いきなり「世界は日の出を待っている」を吹くくだり。クールすぎて興奮する。

 成り上がりの息子も、八分の一ユダヤ人のピアニストも、大学教授の娘も、ユーゲントのスパイも、国家の押しつけるイケてない文化に面従腹背し、聴きたい音楽を聴く。ただ楽しいから。戦時下であり、相手は愚かな与太話を根拠に多くの人を虐殺したナチだ。自由を謳歌できる時間は長くない。悲痛な出来事も起こってしまう。それでも、彼らがスウィングに見た〈永遠に手の届きそうな瞬間〉は眩い。エディが母にあることを言う二三〇ページに辿り着いたとき、なぜ大人が青春小説に夢中になるのかわかった気がした。

新潮社 週刊新潮
2017年3月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク