『ファイナルガール』
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明文堂書店石川松任店「プファイフェンベルガーって、知ってる?」【書店員レビュー】
[レビュアー] 明文堂書店石川松任店(書店員)
マイケル・プファイフェンベルガー(1947~2009)は自らの肉体を生かした派手なアクションで人気を博した映画俳優である。映画では主演を多くつとめたものの代名詞と呼べるようなキャラクターを生み出すことはなかった彼だが、188cmの巨体なのにソフビ人形のような愛嬌さを持つ彼の雰囲気は大衆から強く愛された。しかし熱心な映画好きや映画評論家などからの評価は低く、プファイフェンベルガーのファン達を彼らは《プファファン》といささか軽蔑の混じった愛称で呼んでいた。伝え聞くところによると、敬虔な《プファファン》の日本人少女が彼の死によって友人をなくしたと聞くが……、それは筆者の知ったことではない。
本書『ファイナルガール』は、世界一の《プファファン》を自称する芥川賞作家の藤野可織という架空の人物が生前の彼の最後の作品となった映画「ファイナルガール」製作のドキュメンタリー映像に不審な点を見つけるところから始まる。膵臓癌で死んだとされているプファイフェンベルガーの本当の死の原因は別にあったのではないか、と真相を探ってゆく。実在する俳優を軸に虚実を絡めた著者の新境地とも言うべき異色のミステリ大作であり――。
……と、そんな本は存在しないので、安心してください(ごめんなさい、全部、真っ赤な嘘です。本書はそんな話ではないので、絶対に信じないでくださいね!)。
ここからが本当の『ファイナルガール』の紹介。
同級生の家で初めての体験を終えた十七歳の夏から始まり、それ以降ずっと続くことになるストーカーとの関わりを描いた「去勢」や五歳の時に《狼》の来訪を受けた《俺》の人生を描いた「狼」など、本書には日常と恐怖が地続きになった短篇が多い印象がある。ストーカーや殺人鬼といった一見すると非日常的な要素が描かれながら、登場人物たちはどこかその非日常的な光景をいつもと変わらない様子で眺めているように見えるのだ。その歪さが、とても恐い(そして同時にその歪さを、どこか理解できてしまう自分も怖い)。しかし収録されている作品の中には、逆に何が怖いのか分からないのに怖い、という作品もある。私の想像力が足りない、と言われればそれまでなのだが、とても不思議な感覚である。恐怖の種類は色々だが、とにかく怖い。
研ぎ澄まされた文章によって生まれたこの不気味な小説を、是非、体験してみてください。