奇想天外でユーモアたっぷりの日常系忍者小説! 現代人が学ぶべき忍者の心得とは?

対談・鼎談

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立川忍びより

『立川忍びより』

著者
仁木 英之 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041049815
発売日
2017/02/25
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『立川忍びより』刊行記念対談 仁木英之×中島篤巳

引きこもりの青年が忍者一家に婿入り!?
仁木英之さんの新刊は、
奇想天外でユーモアたっぷりの日常系忍者小説です。
忍者研究家の一面を持つ中島篤巳さんとの対談から見えてきた、
現代人が本作に学ぶべき忍者の心得とは。

忍者の世界に迷い込むという
“受け皿”があったら

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仁木 中島先生が現代語訳された『完本 万川集海』の刊行は、ちょうど『立川忍びより』の連載が始まる直前で、情報を得たときは「ついに!」と飛びつきました。

中島 光栄です。思いのほか反響が大きく、ありがたいことに現在四刷だそうです。

仁木 忍者ファンならば誰もが待ち望んでいた一冊ですからね。忍者の生態について総合的にまとめた資料というのは、これまで実はあるようでなかった。忍者小説を書くにあたって、中島先生のほかに、忍者研究家の川上仁一先生、山田雄司先生の本を読ませていただいたんですが、やっぱり『万川集海』は伊賀・甲賀忍術の集大成なので、その全容がわかるのは大変ありがたかったです。しかも完訳のみならず原文も掲載されているという。

中島 それはね、逃げです(笑)。私一人ではすべてを理解しきれませんから、原本もあわせてご自身で解釈なさってくださいという。当時の生活には非科学的な習慣や思想も入っていますし、本当はどうだったかなんて、なかなかわからないんですよ。

仁木 新刊『忍者の兵法 三大秘伝書を読む』では、『万川集海』と『正忍記』にくわえ『忍秘伝』もひもといてらっしゃいます。これで三大秘伝書が現代の世に出そろうわけで、大変意義深いことだと思います。先生はそもそも、どういうきっかけで忍者研究の道に入られたんですか?

中島 子供の頃、杉浦茂さんの漫画『猿飛佐助』に出会い、感銘を受けました。四十歳になり、自分は社会に何を返せるだろうかと考えたとき、「人生でいちばん世話になったともいえる佐助が口にくわえていた、あの巻物をひもといてやろう」と思いついたんです。古文書なんて触ったこともなかったのに、いきなり『正忍記』を訳し始めたので、髪が真っ白になりましたよ。

仁木 『猿飛佐助』のどういうところに感銘を受けたんですか?

中島 言霊ですね。あのまるっこくて可愛い絵と、その中で紡がれる物語に宿っていた言霊が、私に夢を与えてくれた。先生の作品も同じです。今回、新刊を読ませていただいて、似た思いを抱きました。

仁木 わあ、ほんとですか。嬉しいです。

中島 主人公の多聞はブラック企業勤めで心の折れた青年で、親の借金のカタに藤林家に婿入りすることになりますね。相手は友人・三太の妹で、実は彼らは忍者一家だったわけですが、現実社会と、忍者と関わる不可思議な世界を行ったり来たりしている多聞の描写が実に見事で。二つの世界の境界が自然に溶け合いながら物語が進んでいく。大変面白く拝読いたしました。

仁木 会社勤めをしていると、心が折れていなくなってしまう方が時々います。会社を去った彼らに、忍者の世界に迷い込むという受け皿があったらどんなに楽しいだろうと思ったんですよね。忍者の末裔が、生業を変えずに現代も息づいているとしたら、きっと僕らの目には見えない道を歩んでいるはずですし、社会人として挫折してしまった多聞が忍者稼業に足を踏み入れるというのはどうだろう、と。

中島 私は外科医なんですが、多聞のような方を診ることもままあります。彼らは会社から逃げ出せたとしても、簡単には立ち直れないんです。家庭からは逃れられませんからね。「夕飯に何を食べたい?」という質問さえも心に負荷をかけてしまうので、とにかく何も考えないことが大事なんですが、それがなかなか難しい。その点、多聞はあれよあれよという間に藤林家に飲み込まれ、考える暇もなく道を示される。だから静かに立ち直っていけるんです。自分はこれでいいのだ、と。その結果迎えたあのラストには、心を打たれました。

任務を達成するためには
“逃げ”の選択肢も必要

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仁木 僕自身、作家になって三年目に抑うつ状態になり、半年くらい一切書けなくなったことがあるんです。その後、少し回復したときにまず何をしたかというと、自分で飯を作った。多聞は藤林家で夫修業として料理や掃除などの家事全般をやらされますが、それができるということが回復の第一歩だというのは実感としてあります。

中島 そういうご経験があるから、この小説には自然と人の生きる道が滲み出ているんですね。私は文章の随所にはっとさせられました。「望むと望まざるとにかかわらず戦ったものは全て尊い」とか。

仁木 これはある格闘家の方を取材する過程で言われたことが基になっていて。彼らは勝っても負けても、観戦している僕たちほどには大喜びしたり悔しがったりしない。それはなぜかというと「リングにあがっているだけで勝ちだから」。プロとして仕事しているんだからそれでいい、負けたら次に勝てばいいだけだし、勝ったらまた勝てるように頑張るんだと。その言葉に妙に納得してしまって、それから本が売れなくてもあまり落ち込まなくなりました(笑)。と同時に、忍者の生き様もこれと似ているなと。彼らは、どんな任務に赴いても必ず帰ってこなくちゃいけないんですよね。

中島 忍者の仕事はあくまで、よその家に忍んで情報をとってくることであって、戦いに勝つことではないですからね。

仁木 任務に失敗しても、帰ってきてまた次の任務に行かなきゃいけない忍者は、プロの仕事人なのだと思いました。他人に評価を委ねると心が追い詰められてしまうけれど、その格闘家の方も忍者も、大事にしているのは何を成したかで、誰にどう思われたかではないんです。

中島 私が忍者研究を進めたもう一つの理由に、忍者の自立した姿を現代に伝えたいという思いがありました。不安定な社会の枠組みの中では、どうしても自分の立ち位置を見失いそうになる。常に極限状態で生きている忍者は、真の意味で自分の足で立つこと、そして生き抜くすべを知っている。だから彼らはちゃんと“逃げる”選択肢も持っています。無用な争いのせいで目的が達成できないと困りますからね。強くなるのは相手を叩きのめすためだけではなく、相手の刀を抜かせないためでもあるんです。

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本作は、現代日本の苦しみが
編み出した新しい忍術書

仁木 忍者は人を欺くけれど、けっして嘘をつこうとしているわけじゃない。集団の中にすっと溶け込んで、自然と物事を成すという根幹を先生のご著書から学び、作品全体の参考にさせていただきました。新刊『忍者の兵法』には、患者の手術後の激しい苦痛を先生が催眠療法で取り除いた話があるじゃないですか。正直、鳥肌が立ちました。まさに忍者じゃないかと。

中島 人間の思い込みというのはすごいもので、自分を縛るものを失えば思いもよらぬ力を発揮することもあります。それが忍者にとって必要な“自分を殺す”ということでもあるんです。忍者の食糧で、一粒食べれば何日ももつ、というのがあるでしょう。あれもその一環ですね。忍者にとって指導者は絶対的な存在ですから、その人に「これを飲めば大丈夫」と言われれば信じるしかない。心の底から信じきれば、限られた時間においてはその効力を発揮することができるというわけです。

仁木 僕は、何かに熱狂する群衆にとても興味があって。人の心を縛りつけるものって何なんだろう、それを自在に操れるような術があったら面白いんじゃないかなと思ったのが本作を書くきっかけの一つでした。物語のカギに地下アイドルを選んだのもその一環で、アイドルプロデュースも催眠術のようなものだなと思ったんですよね。絶世の美女というわけではないのに、ステージに立つと半端じゃない輝きを放って、ファンを魅了し、欲をあおってお金を出させる。これはもしかしたら、究極の忍術なんじゃないかと。

中島 中世の芸能集団がまさにそれでした。今よりもっと娯楽の少ない中で、非日常を与えてくれるステージに熱狂する。ただ、そこで観客が見ているのは目の前の実像ではなく、自分の心にある偶像なんですよ。その実像と偶像が重なったときに、人は術に落ちてしまうんです。

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仁木 なるほど、目に見えるものと心で見るものの錯覚が術につながるんですね。僕にとって、忍術や武術というのは明るいファンタジー。弱い者に力を与えるツールなんです。自分がいまいる場所から、ほんのちょっと壁を越えたところに違う世界がある、という想像はとてもわくわくさせてくれますしね。本作を読んでくれた人が、自分も特別な力を授かって忍者の世界に入れたら……と想像の翼を広げられるようなものになっていたら嬉しいですね。いま面白くない思いをしている人が、少しでも楽しくなってくれたらと。

中島 この小説は心のサバイバルを描いていますから、仕事で疲弊している人にはぜひとも読んでもらいたいですね。忍者が極限の世界を困窮しながら生きてきた、だから生き抜くために忍術を編み出さざるを得なかった。現代日本は平和ですが、心の内側では誰もがもがき苦しんでいる。その中で編み出された新しい忍術書が、この小説なんだと私は思います。ちなみに、続きを書かれるご予定はあるんですか。

仁木 ありがたいことに、連載させていただけることが決まったので、変わらず立川を舞台に、多聞たちが日常生活に忍んでいく姿を描いていければと思っています。

中島 私は、許嫁の杏子さんが非常に気になりますね。彼女もまた三太同様、堂々と表に出るわけではないですが、多聞よりむしろ主役のような存在感がある。まだ高校生なのにその背後にスケールの大きさを感じさせます。あの、手に入りそうで一歩届かない感じもいいですね。

仁木 多聞と杏子の関係は、最強の色事ですよね。触れあわないし、互いの好意を示しあうわけでもないけど、ずっといちゃいちゃしている。いいなあ、と思います。

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中島 あのですね、一つだけ人生の先輩として助言させてもらうと、女性には決して逆らっちゃいけませんよ。男はみんな、女性の掌の上ですから。社会的に弱い者というのは、実は強いんです。忍者もそうで、厳しい環境にさらされているからこそ、強かで賢くなる。そんな人たちを怒らせたら世の中、大変なことになりますから。

仁木 忍者と女性は怒らせてはならぬ、と。肝に銘じておきます(笑)。杏子の掌の上で転がされる喜びを知った多聞がどう成長していくかも楽しみにしていてください。

仁木英之(にき・ひでゆき)
1973年大阪府生まれ。信州大学人文学部に入学後、北京に留学、2年間を海外で過ごす。2006年『夕陽の梨—五代英雄伝』で歴史群像大賞最優秀賞、『僕僕先生』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。近著に『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』『魔神航路Z』などがある。

中島篤巳(なかしま・あつみ)
1944年山口県生まれ。大阪大学卒。医学博士、スポーツ医。古流武術連合会会長、片山流柔術宗家、柳生心眼流居合術12代、糸東流空手道師範など。主な著書、訳注書に『忍術伝書 正忍記』『完本 万川集海』『忍者を科学する』『忍者の兵法 三大秘伝書を読む』などがある。

取材・文|立花もも  撮影|ホンゴユウジ  イラスト|久保いさこ

KADOKAWA 本の旅人
2017年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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