ユニークな展開と謎解きの魅力を備えた警察小説

レビュー

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永久囚人  警視庁文書捜査官

『永久囚人 警視庁文書捜査官』

著者
麻見 和史 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041046098
発売日
2017/03/25
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

文書をひたすらに読み解く警察捜査を満喫

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 警視庁捜査一課。あこがれの部署に異動できると矢代朋彦が喜んだのが一年前のことだった。だが、彼を待ち受けていた現実は、刑事捜査の最前線ではなく、書類整理に追われる毎日だった。巡査部長の彼は、捜査第一課科学捜査係文書解読班というその部署で、四歳年下の上司である鳴海理沙警部補に仕えている。ショートボブの髪に整った顔立ちの理沙は、性格的にはだらしないが、文書を読み解く能力には秀でていた。およそ捜査一課らしくない才能だが、ときには刑事事件の解決に役立つ。例えば、右手首が切断された身元不明の遺体の側に置かれていたレシートの裏のメモやアルファベットのカードを解読するなどして、真実を暴き出したこともあるのだ。その事件での理沙の独自の捜査を、いわゆる普通の刑事である矢代の視点から描いたのが『警視庁文書捜査官』であり、本書は、彼女がまた新たな事件に立ち向かう続篇となる。

 銀色のワイヤーで縛り上げられた彼は、口をガムテープでふさがれ、床に転がされたまま朝を迎えた。腹部から流れ出る血は止まらない。寒い。彼をそんな状態に追いやった犯人は、「おまえも、永久囚人になれ」と告げると、程なく部屋から姿を消した。自分の死を意識した彼は、己の血でメッセージを書き残そうと試みる……。

 というわけで、今回の理沙の捜査は、その血文字を読み解くところからスタートするのだが、まずは文字の表記法が異常だった。かつて電子機器は、“日”という文字に似た7つのセグメントを点灯消灯することで数字や英字を表現していたが、そのスタイルで書き遺されていたのだ。Aboyと書いてあるように見えるが、意味は皆目見当がつかない。解読が難航するなか、新たに被害者の自宅で書籍二頁分を撮影した画像が発見された。内容は小説の一部らしいのだが、「私」と「僕」が会話しているという奇妙なもの。また画像からは《永久囚人》《第1巻》という文字も読み取れるが、ネットを検索しても該当する書籍は見つからなかった。かくして理沙はこちらの調査をも進めることになるのである。

 麻見和史が“文書捜査官”という役柄をヒロインに設定したおかげで、捜査の展開が実にユニークで愉しい。なにに着目するかも新鮮だし、そこから解に至る経路も新鮮。しかも連続する新鮮さのなかに、数々の警察小説を書いてきた著者ならではのリズム感で節目となる新たな出来事が放り込まれるのだ。例えば、ヘッドホンを装着されて大音量の音楽を聴かされている第二の遺体などだ。全く退屈せずに読み進むことができるのである。そして結末で明らかになる真相——Aboyらしき文字の解読もそうだが、《永久囚人》という書物に関する真実の重みとその異形さが衝撃的である——も読み手の期待を裏切らない。そう、本書は“文書捜査官”という設定が十二分に活かされた一冊なのである。

 考えてみれば、そもそも文書解読という任務は、ダイイングメッセージや暗号といった謎解きと相性よく、故に、麻見和史とも相性がよい。なにしろ彼は、解剖の授業中に遺体の腹からメッセージ入りの容器が出てくるというとんでもない謎を提示した『ヴェサリウスの柩』で鮎川哲也賞を受賞してデビューした作家なのである。謎の設定とロジカルな解明と意外な真相はお手の物。しかも、《警視庁殺人分析班シリーズ》をはじめとして謎解きの魅力を備えた警察小説を書き続けている作家でもあるからして、本書が読者を魅了するのは必然とさえいえよう。

 その中心にいるのはもちろん理沙だが、今回の第二弾では、矢代の過去が掘り下げられ、さらに、身長が一八〇センチ近くもあるという若い女性刑事もチームに加わり、シリーズとしての魅力が増した。理沙は今後どんな文書を読み解いていくのか、矢代の過去はどう決着するのか、はたまた長身の女性新人はなにをしでかすのか。次作も愉しみである。

KADOKAWA 本の旅人
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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