死んだ妻の霊を呼び出すと異変が……連続する怪異の真相に迫る、デビュー作にして圧巻のホラーミステリ

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • をんごく
  • 案山子の村の殺人
  • 龍の墓

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 ホラー・ミステリ]『をんごく』北沢陶/『案山子の村の殺人』楠谷佑/『龍の墓』貫井徳郎

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 北沢陶『をんごく』(角川書店)は、第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞において、大賞&読者賞&カクヨム賞の三冠を受賞したデビュー作である。

 関東大震災で妻が負傷したことをきっかけに、大阪の実家に戻った壮一郎。だが妻の容態は回復せず、年末に亡くなってしまう。その死をどうしても受け入れられない壮一郎は、巫女に頼んで妻の霊との対話を試みたのだが、それ以降、周囲で怪異が連続するようになってしまう……。

 まずは語り口がよい。台詞も文章もだ。故に登場人物も光る。壮一郎と巫女、その知人のエリマキなるバケモノ(?)という中心人物たちのそれぞれに存在感があり、魅力がある。さらに展開も見事。妻の霊を巡る一連の怪異の奥底にあったものの解明というミステリ的な展開もきちんと作り込まれていて、真相の怖さと相俟って、この賞に相応しい一作に仕上がっている。

 一九九八年に生まれ、高校在学中に投稿した作品で二〇一六年にデビューした楠谷佑の『案山子の村の殺人』(東京創元社)は、丁寧に紡がれた謎解きミステリだ。

 秩父の奥の宵待村には、そこかしこに村の名産品の案山子が立っている。そんな案山子の一体に毒矢が撃ち込まれ、あるいは案山子の一体が“失踪”する事件などが続いた後、ついに村の一人が矢を受けて死んだ。雪の密室状況でのことだった……。

 宵待村出身の友人の招きで現地を訪れていた大学生の二人組が事件の解明に挑むのだが、主に探偵役となる青年は、人を疑うに際して繊細に気遣いしていて好感が持てる。その姿勢と真相の相性も抜群。犯人が犯行に至る心の動きもまた繊細なのだ。そんな物語に、読者への挑戦が二度も挟まれていて、理詰めの推理を一歩ずつきちんと愉しめるのも本書の魅力。この探偵コンビの活躍をもっと読みたいと強く思う。

 楠谷佑が生まれる五年前にデビューした貫井徳郎の最新作『龍の墓』(双葉社)は、現在より少しだけ未来の日本が舞台。警察に同期で入った男女が主人公だ。

 男は人間不信に陥り、警察を辞めた。現在はVRゴーグルを通じて剣と魔法の世界を生々しく味わえるゲームに耽溺している。このゲームのなかで、男は連続殺人事件の謎解きに挑むことになる。一方、女は町田署の刑事課に配属となり、死体をドラム缶で焼いた事件の捜査を担当する……。

 男女二人の視点に、男が体験するゲーム内の物語を交えた三つの記述を切り替えながら進む本書。警察小説を軸足としつつ、お屋敷での謎解きミステリが一体となった変わり種の一作だ。現実の事件では正義の在り方が深く問われ、ゲームのなかでは、密室殺人や“読者への挑戦”的な趣向を含め、魔法が使える世界ならではの伏線と謎解きを満喫できる。しかも現実とゲームはストーリーが進むにつれ、密に絡んでいく。その絡め方も実に達者で、満足度の高いミステリだ。

新潮社 小説新潮
2024年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク