『美酒と黄昏』
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美酒と黄昏 小玉武 著
[レビュアー] 郷原宏(文芸評論家)
◆牛乳で割った周五郎
サントリーのPR誌の編集長をしていた織田作之助賞受賞作家にして俳人でもある著者が、文人と酒と酒場にまつわるエピソードを歳時記風につづった、なんとも風雅なエッセイ集である。
まずタイトルがいい。「美酒と黄昏(たそがれ)」と聞いただけで、思わず喉(のど)を鳴らす人は多いだろう。かくいう評者もその一人で、グラス片手に読み始めたところ、酒がまわるより早く文章に酔ってしまった。
次に登場人物の顔ぶれがいい。永井荷風、堀口大學、久保田万太郎、太宰治、織田作之助、高見順から、近くは寺山修司、村上春樹、大沢在昌まで総勢三十数人。いずれも酒を愛し、酒場の描写に長(た)けた文人たちで、たとえ酒の嫌いな読者でも、その駘蕩(たいとう)たる雰囲気に酔わずにはいられない。
そしてもちろん、エピソードそのものがおもしろい。空襲が迫るなか、汐留の待合で大學は荷風から自筆の扁額(へんがく)をもらい受けた。山本周五郎は夕方四時に執筆を終えると、ウイスキーを牛乳で割って飲んだ。「ウイスキーはいいよ、ものを書く人間にはね」と井伏鱒二に教わって以来、小林秀雄はウイスキーしか飲まなくなった…などなど、著者ならではの秘話が満載されている。
チャンドラーの『長いお別れ』の中に描かれる黄昏時に飲む酒、ギムレットがやはりこの本にはよく似合う。
(幻戯書房・2376円)
<こだま・たけし> 1938年生まれ。エッセイスト・俳人。著書『開高健』など。
◆もう1冊
コロナ・ブックス編集部編『作家の酒』(平凡社)。山口瞳・田村隆一・黒澤明ら二十五人の酒人生を写真と文で。