山岳小説と警察小説のハイブリッド! 樋口明雄『白い標的 南アルプス山岳救助隊K-9』刊行記念

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白い標的 南アルプス山岳救助隊K-9

『白い標的 南アルプス山岳救助隊K-9』

著者
樋口明雄 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413046
発売日
2017/05/31
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

山岳小説と警察小説のハイブリッド! 樋口明雄『白い標的 南アルプス山岳救助隊K-9』刊行記念

[レビュアー] 樋口明雄(作家)

 何年か前、角川春樹事務所書籍編集部の先代担当者から、「警察小説を書きませんか?」と依頼されたことがある。
 その頃、すでに佐々木譲、今野敏、逢坂剛、笹本稜平といった錚々たる顔ぶれの作家たちがこのジャンルで続々と傑作を生み出し、多くがベストセラーとなっていた。今さら後発でそこに介入することなんてできないですとお断りをした。
 自分としては、やはり山岳小説を中心にしたアウトドア系で勝負したいと考えていた。
 それまで犬を主人公にした短編をいくつか書き、また代表作のひとつである『約束の地』では、クマの追い払いをするベアドッグを登場させたこともあって、ならば〈山岳+犬〉という取り合わせで山岳救助犬の物語を書いてみようと思いついた。それが二〇一二年、徳間書店から単行本で発売された『天空の犬』という長編であり、これはのちに〈南アルプス山岳救助隊K-9〉というタイトルでシリーズ化される。
 二作目『ハルカの空』(徳間書店)から、『ブロッケンの悪魔』(角川春樹事務所)、『火竜の山』(新潮社)、そして『レスキュードッグ・ストーリーズ』(山と溪谷社)と、複数の出版社をまたぎ、息の長いシリーズとして今に至っている。
 日本で二番目に高い山、南アルプスの主峰、北岳を主な舞台に山岳救助隊の活躍を描く話とはいえ、山で起こった事故や、その救助だけを描いていたわけではない。救助犬メイを相棒(バディ)に活躍する主人公の星野夏実を始め、仲間の山岳救助隊員、山小屋のスタッフたち、そして山を訪れる登山者、さらには招かれざる者たちまで、ユニークなキャラクターが多く登場する。そのため、本格冒険小説から、悲喜こもごもの人間ドラマ、時事問題を取り入れた社会派ドラマ、犬や野生鳥獣に視点を向けた動物小説に至るまで、多岐にわたったジャンルを書くことができた。
 とりわけ『ブロッケンの悪魔』は、北岳に実在する山小屋を、ある目的を持ってやってきたテロリスト集団が武装制圧するという、スケールの大きな話だったし、『火竜の山』は木曽御嶽を思わせる火山の噴火からの脱出を主軸に、そこで繰り広げられる群像劇を描いた作品だった。そんなふうに人間ドラマから派手なアクションまで、さまざまなかたちでのストーリーを展開できるところが、このシリーズの強みであり、持ち味なのである。
 最新作はどんなジャンルにするかと考えているうちに、ふと気づいた。
 主人公の夏実たちは山岳救助隊員である一方、山梨県警南アルプス署地域課の警察官でもある。毎年、六月から十一月にわたる山のシーズン以外は、とくに救助要請が飛び込んでこないかぎり、ふつうの“お巡りさん”として地上勤務に就いている。短編集である『ハルカの空』や『レスキュードッグ・ストーリーズ』の中には、彼らの“警察官ぶり”を描いた作品も少なくない。
 あのとき、「警察小説は書きません」とお断りをしておいて、実のところこのシリーズは、正統派から大きく路線を外してはいても、まぎれもなく警察小説だったのである。
 だったら次は、ちゃんとした警察小説を書いてみよう。それも山を舞台にして―。
 一作目の『天空の犬』は山岳と犬との掛け合わせだった。今度は山岳と警察の融合である。こうして新作『白い標的南アルプス山岳救助隊K-9』が生まれることになった。
 今回は真冬の北岳。
 それまで短編で何度か冬山を描いたことはあったが、長編では初めての取り組みだ。しかも冬の登山だけではなく、無謀にも積雪期に標高差六百メートルの大岩壁バットレスを登攀するという場面もあって、冬山をほとんど知らぬ作者にとって苦労の連続だった。
 さらに警察無線の交信やパトカーの装備、その操作から、敬礼の仕方に至るまで。警察官の仕事ぶりや日常の様子など、警察小説としての精緻な描写も絶対に手抜きができない。
 作家の無知はある程度は取材でカバーができる。しかし、今さら冬の北岳に登って、なおかつバットレスのクライミングに挑戦するわけにはいかない。さらに、警察が作家の取材に対して協力的でないことをいやというほど知っている。
 こんなときに頼りになるのは、それぞれの世界や事情に通じた経験者をアドバイザーとして迎えることだ。いつもお世話になっている神奈川県警のOBや、冬山登山の経験が豊富で登攀技術に詳しい『山と溪谷』誌の担当者に前もって校正紙を読んでいただき、おかげで微に入り細を穿ってのアドバイスをいただくことができた。
 こうして完成した新作『白い標的』は、過酷な猛吹雪に襲われた冬山を舞台にした山岳小説として、また凶悪犯罪の逃走犯グループを追跡する捜査員たちを描く警察小説としても、みなさまにお楽しみいただけるはず。
 最高の自信作!―胸を張ってそういえる作品だ。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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