『ダメをみがく』
- 著者
- 津村 記久子 [著]/深澤 真紀 [著]
- 出版社
- 紀伊國屋書店
- ジャンル
- 文学/日本文学、評論、随筆、その他
- ISBN
- 9784314011051
- 発売日
- 2013/03/28
- 価格
- 1,650円(税込)
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文月悠光は『ダメをみがく』を読んで心が楽になる一冊だと思った
[レビュアー] 文月悠光(詩人)
津村記久子さんの短編集『浮遊霊ブラジル』を新鮮な気持ちで読んだ。様々な社会のしんどさに直面しながら、登場人物たちは決して「闘わない」。困惑しつつ、適切な距離を取って受け流していく。そのスタンスに新しさを感じた。多くの女性作家が、ジェンダーに基づく力の不均衡と「闘う」姿勢を取る中で、津村さんの作品はそこには当てはまらない異色な存在だ。
恥ずかしながら、津村さんに関する私の知識は、元OLで主に労働問題をテーマに扱う作家さん、という程度。作品の書かれた背景が気になり、深澤真紀さんと津村さんの対談本『ダメをみがく』を手に取った。副題は〈〝女子〞の呪いを解く方法〉。その響きが重く感じられるが、津村さんいわく、女の人が女性として求められる事柄のうち〈自分に合わない側面は、無理やり達成しなくていいのではないか〉と言いたいだけである、とのこと。
本書は一貫して「ダメな自分でも大丈夫!」というメッセージを実体験と共に語り尽くす。津村さんは新卒で入った会社で強烈なパワハラに遭って退職した経験を持ち、深澤さんは会社員時代に女性上司との関係に悩み、体調を崩したことも。前半の「仕事編」では、そんな二人が「相性の悪い人間関係は逃げたほうがお互いのためである」と全力で主張する。豊富なエピソードで圧倒する深澤さんに対し、津村さんは率直な言葉でシャープに切り込む。「相性の悪い人間関係」についても(相手と上手くいかないことに)「理由を探す時間が無駄ですからね」と的確な一言。
後半の「生活編」では、母娘関係、女性の「相互監視」、孤独死についてなど、より「逃げる」のが困難な、生き方全体の問題へと話が広がる。
興味深かったのが、深澤さんの「お掃除のおばさんが救いだった」というエピソード。〈クモの糸みたいな細くてゆるーいつながりって、いっぱいつくっておいたほうがいいですよね。コンビニの店員さんだったり、エレベーターで会う別の会社の人だったり〉。店員さんは、自分の仕事や生活に直接影響を及ぼす人ではない。だからこそ結べる気楽な関係性もあるはずだ。緩い繋がりを無視してしまうと、周囲の人々が「敵」と「味方」の二極にしか見えなくなってくる。〈精神的な通風孔になってくれる人〉を自分の日常でも見つけてみたい。
特筆すべきは、調子よく生きるための「自分メンテナンス」の話題。仕事において必要なのは、メンタルを向上させる「努力」ではなく、環境や道具を変える「工夫」である、という話は、目から鱗だった。
自分磨きならぬ、ダメ磨き。正直本書のタイトルを見るたびに、「私はこれ以上ダメを磨いてどうする!?」というツッコミが止まなかった。ただ「自分はまだ頑張りが足りない」と思い詰めてしまう人は、もしかしたら努力不足なのではなく、「手放すのが苦手な人」なのかもしれない。そんな不器用な「同類」たちは、案外身近にもたくさんいるのかも、と心が楽になる一冊だった。