[本の森 医療・介護]『我らがパラダイス』林真理子/『さようなら、お母さん』北里紗月

レビュー

4
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我らがパラダイス

『我らがパラダイス』

著者
林真理子 [著]
出版社
毎日新聞出版
ISBN
9784620108261
発売日
2017/03/17
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

さようなら、お母さん

『さようなら、お母さん』

著者
北里 紗月 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062205306
発売日
2017/04/13
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

[本の森 医療・介護]『我らがパラダイス』林真理子/『さようなら、お母さん』北里紗月

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 細川邦子は長男夫婦が父親の面倒を見るという条件で相続権を放棄した。ところがその嫁が今になって介護を嫌がって離婚すると言い出したという。田代朝子の悩みの種は弟だ。彼が無職になって転がりこんできたせいで、朝子と母の二人暮らしはだんだん破綻し始めた。高級介護施設で働く丹羽さつきの生活は、他の二人よりは安定したものだった。充分な収入があり、両親と一緒の暮らしも穏やかなものだ。だがある日、彼女の父に末期膵臓癌の診断が下され、一家の運命に暗雲がたちこめる。

 林真理子我らがパラダイス』(毎日新聞出版)は、誰にでも訪れる老いとその必然としての介護の問題を、三人の女性を主人公に配して描いた小説だ。物語の中心にはセブンスター・タウンという介護付きマンションがそびえたつ。東京・広尾の一等地に建てられた、高級ホテル顔負けのサービスを提供する施設であり、入居者たちは貴族さながらの生活を送っている。介護のために疲れ果て、時には血を分けた者同士が憎みあわなければならなくなる邦子たちとは、文字通り住む世界が違っているのである。

 介護を巡る格差の正体とは何か、いかにそれは克服されるべきか、という問いが物語の根底にある。追い詰められた者たちが思い切った手段に出る中盤以降の展開には突き抜けた明るさがあり、一気に読まされる。諷刺喜劇としても出色の作品だ。

 最近のミステリー界では医療畑からデビューする新人が目立つようになってきた。第九回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作に輝いた『さようなら、お母さん』(講談社)の作者・北里紗月も、体外受精コーディネーターの資格を持つ書き手である。

 芸大生の笹岡玲央は兄・純の死の報せを受けて驚愕する。体の末端が焼けるような痛みに襲われるという原因不明の奇病に侵された純は、その痛みに耐えかねて病室の窓から身を投げて死んだのだ。だが葬儀の後、玲央は看護師から気になることを聞かされる。兄の妻・真奈美が、病人の体に巨大な蜘蛛を押しつけていたのを見たという。純は真奈美に毒を盛られたのではないか。その疑念を確かめるため、玲央は大学院で毒物を研究する友人・利根川由紀を訪ねる。

 未知の毒物を巡る謎解きの物語であると同時に、病因を特定することの難しさについて書かれた作品でもある。病気の診断は一対一の解答があらかじめ準備された問題とは違い、ありとあらゆる可能性を考えながら絞り込みをしていかなければならない厄介な作業なのである。探偵役の利根川由紀は毒物マニアというべき奇人であり、その彼女だからこその着眼点が光る。謎解きの過程で浮かび上がってくる事件の構造はミステリーファンならば馴染みのあるものだが、作者の加えた一工夫に芸があり、ほとんどの読者が手玉にとられるはずだ。

新潮社 小説新潮
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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