[本の森 仕事・人生]『球道恋々』木内昇/『風が吹いたり、花が散ったり』朝倉宏景

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球道恋々

『球道恋々』

著者
木内 昇 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103509554
発売日
2017/05/31
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

風が吹いたり、花が散ったり

『風が吹いたり、花が散ったり』

著者
朝倉 宏景 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062205344
発売日
2017/06/21
価格
1,485円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 仕事・人生]『球道恋々』木内昇/『風が吹いたり、花が散ったり』朝倉宏景

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 野球というスポーツを、競技したり観覧したりするだけでなく、物語の題材としても味わい尽くそうとしている国は、日本だけではないか。その割合の多くは漫画作品が占めるが、小説でもスポーツものの定番として繰り返し描かれてきた。

 直木賞作家・木内昇の『球道恋々』(新潮社)は、著者初挑戦のスポーツものであり、野球ものだ。時代小説を得意とする著者らしく、舞台は「ベースボール」に「野球」という訳語が当てられて間もない明治後期。卒業生の多くが東京帝国大学に進学する第一高等学校は、野球の名門校でもあった。が、ここ数年で弱体化。明治三九年春、OBで零細業界紙編集長の宮本銀平は、後輩達に乞われる形で野球部のコーチに就任する。……かつて万年補欠だった俺が、なぜ?

 西の名門・三高との年に一度の因縁の対決を軸に、ブント(=バント)は「武士道精神にもとる」と忌避されていた、野球黎明期の葛藤や試行錯誤が活写されていく。部のクロニクルがもたらす、先輩から後輩へ継承される思いを追い掛けるだけでもぐっとくるが、物語は後半でスケールアップする。大手新聞が論陣を張り社会問題化した「野球害毒論」に対し、己の人生のすべてを懸けて、銀平は反論を試みる。それはスポーツ小説に必須のテーマ、「なぜ、その競技をするのか? なんのために?」が爆発する瞬間でもある。銀平の回答は、論理を越えた感情として、胸に届く。現在では当たり前の存在となった、日本野球の歴史におけるあるモノの始まりを物語の出口に据える構成も見事。

 新鋭・朝倉宏景の『風が吹いたり、花が散ったり』(講談社)は、デビュー作『白球アフロ』以来、野球を題材にした小説を書き継いできた著者が、初めて他のスポーツに材を採った長編だ。それは、視覚に障害を持つ人たちのマラソン――盲人マラソン。

 高校を中退し、都内の居酒屋でフリーターとして働く19歳の亮磨は、視覚障害を持つさちと赤いロープを握って一緒に走る、「伴走者」の役を引き受けることになる。自分が競技者ですらない以上、先のテーマはより激しく亮磨に、そして読者の脳裏に浮かびあがる。「なぜ、その競技をするのか? なんのために?」。ある出来事のせいでさちに罪悪感を抱いたから。好意があるから。自分を変えたかったから……。亮磨にとって初参加となる大会シーンで、雑念を越えた素直な回答に辿り着く。

 二作を読んで、「なぜ?」の回答をちゃんと出せていないじゃないか、と感じる人もいるかもしれない。それこそが重要だ。なぜなら読み終えてなお、「なぜ?」が心に残るからだ。そして今度は自分の現実のなかで、「なぜ?」の問いかけを試みるようになる。スポーツ小説の醍醐味はたぶん、そこにある。堪能しました。

新潮社 小説新潮
2017年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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