あの事件は終わっていなかった!「官邸」と「永田町」の闇を暴く渾身の政治サスペンス。

レビュー

3
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

トップリーグ

『トップリーグ』

著者
相場英雄 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413091
発売日
2017/09/29
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

あの事件は終わっていなかった!「官邸」と「永田町」の闇を暴く渾身の政治サスペンス。

[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)

 内閣官房長官の定例記者会見は平日二回開催されるらしい。たまにその様子がテレビニュースで放映されるが、会場にいる記者たちの様子を見ると、緊張感の欠片もないのが見てとれる。質問に対する回答がおざなりなものであったり、木で鼻を括ったようなものであったり、あるいは答えになっていない答えであっても、言いっぱなし聞きっぱなしで、突っ込んだ質問もしようとせずに、次の質問に移ってしまう。質問のぶつ切り状態ではないか。他の記者たちはその間、官房長官の顔も見ずに、下を向いてパソコンを打ってばかりという体たらく。ツイッターなどで官房長官への批判があるが、そんなやりとりしかできない記者に対する批判も多い。東京新聞の社会部記者が回答を引き出そうと質問をくり返したら、勝手なことをするなと、記者クラブの幹事記者が注意をしたというのだから、呆れたものだ。しかしなぜそんな風景が当たり前なのか。本書を読むと、なるほどそういうことかと納得できる。いや、もちろんそれでいいわけじゃないのだが。
 本書は新聞記者と週刊誌記者を主人公として、日本の中枢である「官邸」と「永田町」の闇を浮かび上がらせていく政治サスペンスである。
 主人公の一人は松岡直樹。全国紙の大和新聞に入社して十五年になる経済部記者だが、予期せぬ人事で急遽政治部に異動することになった。他の部とあまりに違う政治部の様子や仕事の進め方に戸惑うが、初めて出席した定例会見で、官房長官の阪義家の目に止まったことから、いきなり官房長官番になり、頭角を現していく。やがて、官房長官の眼鏡に適った少数の記者を集めた《懇談会》にも呼ばれるようになった。

「担当した政治家にいかに食い込むか。政治記者はその一点だけ考えればいい」
「もっと癒着しろ。ネタさえ出せば、周囲にとやかく言われようが一切問題はない」

 これは松岡の上司の言葉である。やがて松岡は官房長官との《一対一》の場にも招かれ、特ダネ級のネタも得る。
 一方、松岡の同期で優れた記者だった酒井祐治は、すでに新聞社を退社して、現在は人気雑誌週刊新時代の記者として辣腕を振るっていた。彼の興味を惹いたのが、都内の埋め立て地から一億五千万円の現金が入った金庫が発見されたというニュースだった。酒井は発見された紙幣の発行時期から、元首相が逮捕されたクラスター事件に絡んで、政界に渡った裏金ではないかと推測する。酒井はこの事件で、唯一あやふやのままになっていた大物右翼のルートを探っていくが、取材協力者が殺されてしまう……。
 クラスター事件のモデルはもちろんロッキード事件だ。アメリカの航空機製造会社の新型機納入をめぐる贈収賄事件である。全日空、田中角栄首相、大物右翼の児玉誉士夫という三つのルートを介して多額の金が流れた、とされたのである。一九七六年二月に事件が明るみに出て、七月には田中角栄元首相が逮捕されたのだが、それからしばらく世間の関心はこの事件一色になったものだった。

「庶民派宰相とクラスター事件はニュースではなく、歴史になった」
「だが、あんたが狙う筒美(筆者注・作中の大物右翼)ルートは、未だ歴史ではない。様々な所に大きな波を起こす、いや、巨大な地震に匹敵する」

 情報提供者はこのように述べ、この国が潰れるほどの、隠蔽された歴史と向き合う覚悟が酒井にあるかを問うのだった。
 一人の刑事がコツコツと事件を追う社会派推理小説のスタイルで、食の安全を問う『震える牛』や、労働政策の不備を剔抉した『ガラパゴス』。経済小説のスタイルで巨大企業の不適切会計問題を描いた『不発弾』。相場英雄は、いまそこで起きている、現実の社会問題をテーマにしたエンターテインメントを発表し続けている注目の作家である。しかも通信社勤務というキャリアがある。これまでの作品でも新聞記者は登場したが、満を持したように、政権の中枢に絡むような記者を一方の主人公に据えるのは、本書が自信作であることの証拠でもあるだろう。
 新聞記者の松岡と週刊誌記者の酒井。いわばジャーナリズムの保守と革新の立場の二人が、昭和の闇を明るみに引きずり出そうとする。
 作中で明かされる《真相》は説得力がある。作中に出てくる関係者は、多少の知識さえあれば、容易に実在の人物を当てはめることができるだろう。
 そうか、あの事件は終わっていなかったのか。そんな思いにかられながら、夢中で読んでしまった。
 本書のタイトルの《トップリーグ》とは、取材対象──それも総理大臣や官房長官あるいは与党幹部など、政治の中枢を占める人物──に深く食い込んだ記者たちをいう。松岡はこの《トップリーグ》に手をかけた稀有な記者である。だが彼の前には酒井が摑んだ《巨大な地震》に匹敵する《国が潰れるほど》の真実がある。はたして松岡の決断は……。
 いうまでもなく相場英雄の新たな代表作だ。しかしこんな作品を書いてしまって、相場さんの命は大丈夫なのか(笑)。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

  • このエントリーをはてなブックマークに追加