『黄金旅風〔小学館文庫〕』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
【文庫双六】長崎を舞台にした一気読みの歴史小説――北上次郎
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
野呂邦暢(のろくにのぶ)は長崎生まれの作家である。そこで長崎を舞台にした小説を紹介したいと思ったが、あまりにその数が多すぎる。しかしここで迷っていてはキリがないので、えいっと決めた。飯嶋和一『黄金旅風』だ。
この長編が上梓されたのは2004年だが、飯嶋和一にとっては5冊目の著作にあたる。単行本のデビューは1989年の『汝ふたたび故郷へ帰れず』だから、本書『黄金旅風』の刊行までに15年かかっている。15年で5作だから、超寡作作家と言えるだろう。本書の4年後に『出星前夜』、そのまた7年後に『狗賓(ぐひん)童子の島』と上梓。つまり1989年から2015年までの26年間でたったの7作という作家である。だいたい4年に1作というペースだから、次に新刊が出てくるのは2019年あたり。まったく待ち遠しい。
本書『黄金旅風』が究極の「長崎小説」であるのは、長崎の地形をもとにした町の歴史がきっちりと描かれるからである。これが素晴らしい。だから読者は、長崎とはこういう町であったのかと納得して物語に入っていく。しかしこの先が要約しにくい。物語の背景にあるのは、権力の中心が大御所秀忠から家光に移りつつある時代の流れであり、さらにもっと奥にあるのは、オランダやイスパニア、そして中国の政治情勢である。その大きな歴史の転換点のなかで、長崎に住む人々の暮らしを守る代官の苦闘を描いていくのが本書だが、飯嶋和一の小説は一筋縄ではいかないのだ。
この作家の小説では、いつも話がまっすぐに進まないのである。たとえば本書でいえば、鋳物師の平田真三郎が聖母子の像を作る第三章の挿話がいい。物語とは直接関係のない脇筋までもがこのように鮮やかに描かれるのも飯嶋和一の特徴である。物語は複雑な構造を持つが、それを平易に語るのもこの作家の美点といってよく、ひらたく言えば、いつも面白すぎて一気読み。稀有な作家がいたものだと感服するのである。