「海」を見据えた戦国武将 隆慶一郎の正統を継ぐ傑作

レビュー

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宗麟の海

『宗麟の海』

著者
安部龍太郎 [著]
出版社
NHK出版
ISBN
9784140056905
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「海」を見据えた戦国武将 隆慶一郎の正統を継ぐ傑作

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 この一巻は、二つの点において安部龍太郎にとって記念碑的な作品となるだろう。

 一つは、直木賞受賞作『等伯』を陵駕している点、もう一つは、本人にとっても長い道程だっただろうが、この一作によって、自ら私淑する隆慶一郎の後継者に最も近い存在となった、ということに尽きる点である。

 作家デビュー三十周年記念作品に当たる本書は、信長に先んじて海外貿易を行い、硝石や鉛を輸入、そして鉄砲隊をつくり、強大な軍事力と知力で九州六ヶ国を平定、理想の王国=弱肉強食の戦国時代にあって精神のユートピアを目指した大友宗麟が主人公である。

 題名にある“宗麟の海”とは、彼の理想をかたちづくるものが―キリスト教を含めて―海を越えてやってきたものと無縁ではないからだろう。

 物語は〈二階崩れ〉と呼ばれる大友家の御家騒動の中で、義鎮(よししげ)、後の宗麟が、斎藤左馬助や戸次鑑連(べっきあきつら)ら腹心のおかげで辛くも命を拾うところからはじまる。

 宗麟は生来、身体が弱く、父・義鑑(よしあき)は、塩市丸に家督を譲るつもりでいたが、そこに腹心・入田(にゅうた)丹後守らが介入、大友家の乗っ取りをたくらんだことから事態は複雑な様相を呈し、義鑑は命を落としてしまう。

 ここから宗麟の武将としての第一の試練たる父の敵討ちがはじまるわけだが、周囲からも、ひ弱でおよそ一軍の将たる力量はないと思われていた宗麟は、次々と的確な手を打ち、敵を追いつめてゆく。それを可能にしたのは何か。

 この疑問に宗麟は、いつも戦を遠くから=客観的に見ていたからだという。

 そして、丹後守の首を持ってきた男たちに、恐らくは切腹を拒絶したにもかかわらず、潔(いさぎよ)い最期でしたと告げられ、「どいつもこいつも正直で不器用である。嘘をついている時にはすぐにそれと分かるのだった。/『そういうことに、しておきたいようだな』」と宗麟がいうシーンなどは、正に隆慶一郎が甦ったかのようではないか。

 こういう箇所は随所に散見される。だが、私は、表面的なことのみで隆慶一郎との相似性を説いているのではない。隆慶一郎には向井正綱を主人公にしつつも未完に終わった海洋時代小説『見知らぬ海へ』がある。隆慶一郎は、海を常に自由の象徴として愛し、己の墓を遥かに海を望む地に建てた男である。本書は、その先人に対する作者のリスペクトであり、挑戦なのである。

新潮社 週刊新潮
2017年11月9日神帰月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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