西郷隆盛の「逆説」 『未完の西郷隆盛 日本人はなぜ論じ続けるのか』

レビュー

20
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未完の西郷隆盛

『未完の西郷隆盛』

著者
先崎 彰容 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784106038204
発売日
2017/12/22
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

西郷隆盛の「逆説」

[レビュアー] 筒井清忠(帝京大学教授)

 本書は西郷隆盛を主にした近現代日本の思想史的・精神史的考察である。興味深い論点は多いがここでは二点だけを採り上げておくことにしたい。

 一つは西郷隆盛とルソーの関係についてである。これはもともと橋川文三の提起した問題であった。それが著者の手を経て改めて活性化されたわけである。

 近代日本を論じる場合、橋川文三をかいくぐっているかどうかの違いは大きい。橋川をくぐっていないと議論が平板になるのだ。近代日本の国民国家形成期に作られたものが国民国家形成にフィットしていたというような当たり前のことを述べるものにしかならないのである。

 最近そうした書き物が多くうんざりしていた中、久しぶりに橋川的なものを本書は感じさせたのである。

 さて、では西郷隆盛・ルソー問題とは何か。西郷は不平士族の反乱の代表的事件を起こした最も反動的な人物とそれまで見られて来た。しかし、橋川はルソーと共通する問題を西郷に初めて見たのである。それは熊本の自由民権派の宮崎八郎がルソーの民約論を読んで「泣きながら西郷軍に投じた」というエピソードに由来している。

 そして、そこから両者ともに近代文明に根源的懐疑を抱いていたという共通する論点が出てくる。西郷が、後の超国家主義・アジア主義の一つの源泉であることは比較的知られていることだが、ルソーがジャコバン主義を経て現代のある種の全体主義へつながるという視点は日本ではあまり知られて来なかった論点である。そこに橋川は着眼したのである。

 この論点がさらに、「東洋のルソー」と言われた中江兆民が誰よりも西郷を尊敬していたという問題とも関わってくる。中江兆民はフランスから帰り、佐賀の乱の直後に、島津久光に向かって〝西郷を上京させ近衛兵に太政官を囲ませればよい〟と提言したのだった。

 兆民には、「凡派の豪傑」と「非凡派の豪傑」という議論があった。兆民は、大久保利通のように時代の流れに敏感な、そしてそれに上手く乗ることだけを目指す人間には時代を変える力はないと論じた。それは「凡派の豪傑」なのであり、それに対して、西郷は時代の流れに上手く乗るのではなく、時代の流れとは何なのか、文明開化は日本人に何をもたらすのかを根源的に考えていたのだ。だから西郷は「非凡派の豪傑」だと兆民は言うのである。

 これ以上は読者に直接読んでもらうしかないが、この西郷の「反動性と革命性」をめぐる論点が本書では様々に展開されていくわけである。

 次に、本書で興味深いのは、有名な西郷の「敬天愛人」の思想が持っていた問題点を検討した箇所である。

 それは、西郷を尊敬していた玄洋社がテロリストを出した問題とも関わると著者は考察する。つまり西郷の思想の中に影があって玄洋社にまで伸びていると見るのである。

 著者はまず、西郷が大きな影響を受けた佐藤一斎の陽明学の中に「天人合一思想」というものがあり、それは肥大化してくると「自己」が一人歩きを始め、人を容れる度量がなくなり独善が生まれることがあるという。自由民権運動家の植木枝盛などにもその傾向が見られたが、西郷にもそこに陥る危険性があったというわけである。

 日本の実証史学を確立した重野安繹は西郷に奄美大島で会い人柄をよく知った人物であったが、重野は西郷の欠点として、相手をひどく憎むことをあげているという。西郷は豪傑肌だが度量は大きくない、そういう「敵を作り憤慨している人間」なので西南戦争などが起きたと言うのである。

 最近浩瀚な西郷研究書を書いた家近良樹も、西郷が対人関係において極度の潔癖症であり妥協下手であったために巨大なストレスを抱えていたことを指摘している。

 この延長線上から玄洋社のテロリズムも生まれてきた可能性があるというわけである。玄洋社の来島恒喜は条約改正のための仮装舞踏会などの欧化政策に激怒、大隈重信外務大臣に爆弾を投げ(暗殺未遂)自決する事件を起こすのである。

 このつながりについてはなお解明の余地もありそうだが、西郷から玄洋社、さらにその後への精神史的解明という難しい領域に一つの光を投げかけたといえよう。

 最初に「橋川的なもの」ということを言った。それは何かといわれると難しいのだが、こうしてみるとそれは一つに「近代と反近代の逆説」にたえず軸を置いた視点の保持ということになるであろう。そして、それは著者によって本書に活かされたのである。

新潮社 波
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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