波瀾万丈の明治小説 杉原志啓著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

波瀾万丈の明治小説

『波瀾万丈の明治小説』

著者
杉原志啓 [著]
出版社
論創社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784846016906
発売日
2018/06/08
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

波瀾万丈の明治小説 杉原志啓著

[レビュアー] 筒井清忠(帝京大学教授)

◆恋愛ドラマを貫く意気地

 本書は、明治小説の面白さ・醍醐味(だいごみ)を熟知した著者によるわかりやすい明治小説の入門・解説書である。いろいろと面白い小説が扱われているが、印象深かったのは、やはり後世にまで影響を与えた泉鏡花の『婦系図(おんなけいず)』、尾崎紅葉の『金色夜叉(こんじきやしゃ)』、徳富蘆花(とくとみろか)の『不如帰(ほととぎす)』であった。

 『婦系図』は、有名なお蔦(つた)の「別れろ切れろは芸者の時に言うせりふ」などが原作にないのに驚かされることを著者は指摘しているが、評者も同じであった。しかも思ったより長編で多様な展開に驚かされたものである。が、著者はそこに明治人の意気地・忍・侠(きょう)が見て取れることを強調している。後世の人を長く引き付けたのもそれであろう。

 一方、『金色夜叉』については、意外にもあの辛辣(しんらつ)な正宗白鳥(まさむねはくちょう)が、尾崎紅葉の「脳漿(のうしょう)を絞り尽し」た最高作であると評価していることを紹介しているが、愛は金に勝るというテーマは近代日本の資本主義社会の最大のアンチテーマだけに、息長く親しまれたのだともいえよう。しかし、金のためにお宮に捨てられた間貫一は、社会主義者になって復讐(ふくしゅう)すべきだ、という批判が大正末にはもう出ていたというから、逆にいうと、戦後まで随分長もちしたというべきかもしれない。

 『不如帰』について、著者は日清戦争の記述がアンバランスに長いことを指摘し、この近代最初の対外戦争が、日本人の記憶にいかに鮮烈であったかの証左であるとする。悲恋ドラマの背後に明治人の恐怖と興奮があったというわけである。

 こうした作品が多くの日本人の共通の前提であった時代は一九六〇年代には終わった。長く愛された間にはマイナスの面もあっただろうが、恋愛や愛情の賛美は個人の自由につながるものであり、日本人を自由にしていく上で大きく貢献したことがやはり評価されるべきだと思う。

 ただ、著者の指摘した意気地・忍・侠といった庶民感情は、今はもう全く消え去ったのか、ボランティアなど何らかの形で生息しているのか、読後考えさせられた。

 (論創社・2160円)

 音楽評論家、学習院女子大講師。著書『蘇峰と「近世日本国民史」』など。

◆もう1冊 

 小谷野敦著『忘れられたベストセラー作家』(イースト・プレス)

中日新聞 東京新聞
2018年9月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加