砂漠に旅客機が墜落。生き残った六名はオアシスをめざすうち、究極の葛藤に直面する。『サハラの薔薇』下村敦史【刊行記念インタビュー】

インタビュー

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サハラの薔薇

『サハラの薔薇』

著者
下村 敦史 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041057476
発売日
2017/12/21
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【刊行記念インタビュー】『サハラの薔薇』下村敦史

下村敦史

デビュー作『闇に香る嘘』の文庫版が
目下大ブレイク中の下村敦史さん。
その新作はなんとサハラ砂漠を舞台にした
迫力満点のエンターテインメントだ。
エジプト学者の峰が乗った飛行機が砂漠に不時着。
五人の生存者とともにオアシスを目指して旅を続けるが、
その旅はシビアな選択の連続だった! 
まるでハリウッド映画のようなスケールと
テンポの速さで、読者をたちまち興奮の渦に巻きこむ
『サハラの薔薇』についてうかがいました。

――新作『サハラの薔薇』は、不時着した旅客機の乗客がサハラ砂漠でサバイバルをする、という壮大なエンターテインメントです。社会派ミステリーのイメージが強かった下村さんですが、今回はなぜサハラ砂漠を舞台に?

下村 海外の脚本家の「物語とは劇的葛藤である」という有名な言葉があって、それを打ち合わせの席上、担当編集者さんに話していたんですよ。するとそのフレーズにすごく反応してくれて、「次はぜひその感じでいきましょう」ということになりました。主人公が毎回究極の選択を強いられるような話にしようと。担当さんから「カルネアデスの舟板」という命題について教えてもらったことも、物語を生みだす原動力になりました。

――「カルネアデスの舟板」については作中でも語られていました。哲学上の有名な命題なんですね。

下村 海に放り出された船員が掴まっていた板切れに、別の船員も掴まろうとする。でもその板切れでは二人分の体重を支えきれない。自分が助かるために相手を突き飛ばすという行為は許されるのか、という究極の選択です。これが大きなヒントになりましたが、海だとストーリーが広がらないんですね。板に掴まって浮いているだけですから(笑)。山に墜落した飛行機から脱出するというストーリーも考えたんですが、それだと『生還者』などのぼくの山岳ものとかぶってしまう。そこで砂漠に飛行機が墜落したことにしよう、と決まったんです。

――それにしてもサハラ砂漠とは。旅行されたことがあるんですか?

下村 まさか(笑)。一度も行ったことはありません。ただデビュー前、サハラ砂漠を舞台にしたミステリーを書こうとしたことがあって、資料はかなり集めていたんです。ストーリーはまったく別物ですけど、当時の下調べが役に立ちました。そのお蔭で他の作品に比べると、事前準備の期間が短くて済みましたね。

 

漫画の手法を用いて
疾走感を出す

――主人公の峰はエジプト学が専門の考古学者です。現地での発掘調査中、ついに石棺を発見。しかし中から出てきたのは数千年前の王ではなく、数か月前に死亡した人のミイラでした。読者の興味を惹きつけてやまないプロローグです。

下村 エンターテインメントはやっぱり出だしが肝心なんですよ。特にこれは海外を舞台にしたミステリーですから、読者に強いインパクトを与えるシーンで始められるはず。そこで思い浮かんだのが、エジプト学者による遺跡発掘シーンでした。興味を惹きつつ、あっと驚かせて本編につなげる。あのプロローグは自分でもなかなかよく書けたなと思います。

――峰が乗ったフランス行きの旅客機。ところがカイロからパリに向かっていたはずの機体は大きくコースを逸れ、砂漠に不時着してしまいます。そこから予想のつかない困難が次々と峰に降りかかりますね。

下村 書き下ろしと今回のような連載作品では、書き方が変わってくるんですよね。今回は冒頭と結末だけは詳しく決めていましたが、途中は二、三行のメモがある程度でした。大まかな見取り図は用意してあって、中身はその回が来たら「どうやったらもっと盛りあがるだろう」と頭をひねるというやり方です。方法としては連載漫画の書き方に近いのかもしれません。

――大きなストーリーの流れに沿って、毎回山場がやって来る。あのノンストップ感は確かに漫画の手法によく似ていますね。

下村 盛りあげるネタはいくつか考えていたんですよ。井戸の中を泳いで逃げるとか、ゲリラが追ってくるとか。それ以外は書きながら、一番盛りあがる方法を模索しました。スリリングな書き方でしたが、その分充実感もありましたね。下調べを事前にしっかりしてあったのも良かった。連載中、そこで手が止まることもなかったですから。

――飛行機の窓からオアシスを見た、というフランス人の言葉を信じ、峰たち六人の乗客は過酷な砂漠の旅に出ることになります。気性の荒いアラビア系のアフマド、美貌のベリーダンサーのシャリファ、不吉な予言を告げる呪術師、何か秘密がありそうな日本人ビジネスマンの永井など、油断ならないメンバーです。

下村 当初考えていたのは、癖のある登場人物たちが一緒に旅をするうちに、毎回メンバーの秘密が順に明かされてゆくという構成でした。だからあらかじめ何らかの隠し事はさせようと思ってキャラクターを作っています。そこはかなりミステリー的な組み立て方ですよね。あ、呪術師はちょっと違います。呪術師の老人は担当さんが妙に気に入ってくれて、「出しましょう、出しましょう」とプッシュしてくれたんです。どこを気に入ってくれたのか、よく分からないんですけど(笑)。

――主人公の峰もある秘密を抱えていて、それが露見することを恐れています。

下村 主人公が何らかの秘密を抱えたまま展開するミステリーってよくありますけど、読者にとっては「早く明かしてくれよ」とストレスになることもしばしば。特に物語の核心に迫る秘密を隠され続けたら苛々しますよね。この作品に関しては秘密があるといっても、ストーリー自体とはそれほど関わりがない脇道の秘密なので、分からなくてもそこまで気にならないと思うんですよね。それでもどのタイミングで情報を出すかっていうさじ加減は、慎重に考えました。

――国籍が違えば言葉だけではなく価値観も異なります。六人のキャラクターは、とてもリアルに書き分けがなされている印象でしたが、それぞれ実在のモデルなどは?

下村 全部想像です。アメリカの作家のディーン・クーンツに『ベストセラー小説の書き方』という本がありますよね。あれに多くの作家が書く外国人は、見た目こそ外国人だが中身は自国人と変わらない、それでは駄目なんだ、という指摘があってなるほどと思ったんです。以来、外国人を書く時にはなるべく資料に当たって、その国の文化や価値観を反映した言動をとるキャラクターにしたいと思っているんですよ。

――ちなみに思い入れのあるキャラクターは?

下村 そうですね、シャリファはうまく書けたんじゃないでしょうか。秘密を抱えていて、美しくて、決断力があってという。好きなキャラクターですね。
 

挑戦しがいのある題材に
本気で取り組む

 
――サハラ砂漠を旅する峰たちは、いくつものピンチに見舞われます。逃亡劇あり、銃撃戦あり、これぞ冒険小説という手に汗握る展開ですね。

下村 冒険小説は好きで読んでいたので、今回はその影響が色濃く出ています。海外だとクライブ・カッスラー、国内だと船戸与一さんらの書かれていた冒険小説が好きでしたね。

――やはり。冒険小説が熱かった時代のテイストを感じて、拝読していて嬉しくなりました。文章もこれまでに比べて、かなり視覚的、映像的な気がします。

下村 文章についてはテーマや作風によって無意識に変わっていくところがあります。たとえば東京の町を舞台にした現代ミステリーなら、わざわざどんな町並みであるかを詳しく描写しなくても、日本の読者には伝わりますよね。逆にしつこくすると怒られる(笑)。今回は読者の大半が行ったことのないサハラ砂漠が舞台ですから、その見慣れない風景をどう感じて、味わってもらうかを重視しました。それで自然と視覚的要素を優先した文章になったんだろうなと思います。

――ラストでは『サハラの薔薇』というタイトルにも関連する、ある大きな秘密が明かされます。ここで扱われている題材については、以前から関心をお持ちだったんでしょうか。

下村 仕事柄、社会的な問題を扱った専門書やノンフィクションはよく手に取るんですよ。その中で偶然見つけたのが、メインのネタになっている事柄。それまでまったく知らなかったんですが、これは面白いな、大きな陰謀として扱えるなと思ったんですね。非常に現代的なテーマでもありますし、読者の皆さんにも関心を持ってもらえるのではないかと。

――下村さんといえば中国残留孤児や難民の問題など、社会的なテーマをよく扱っています。そこにはどんな思いが込められているのでしょうか。

下村 特に訴えたいことがあるわけではないんです。作者の思想が出過ぎてしまうと、エンターテインメントではなく、プロパガンダになってしまいます。ぼくが意識しているのは、どんな問題でも必ず両方のサイドから眺めてみて、バランスを取った描き方をすること。どちらか一方の意見だけでは、読者もどこか違和感を抱いてしまうと思うんですよ。そうなると逆に、扱っている問題なりテーマなりについて関心を持ってもらえなくなる。エンターテインメントの素材としてバランスよく扱うことで、自分ならどうするだろう、と考えを深めてもらえるきっかけになれば一番ですね。

――一作ごとに新しい領域に挑んでいる印象です。江戸川乱歩賞受賞のデビュー直後、自分にとって苦手なものを書いた、とおっしゃっていたチャレンジ精神はいまだに健在ですか。

下村 うーん、今にして思うと、あの発言は言葉選びがまずかったですね(笑)。よく先輩の作家さんから「苦手なものじゃなく、得意分野を書かないとだめだよ」とアドバイスされるんですが、別に下手なものを書こうとしているわけではなくて。せっかく取り組むならそれだけ挑戦しがいのある題材を見つけたい、ということなんです。デビュー前は簡単に書けるものばかり書いていましたが、それでは技術は向上しません。自分にとって一二〇点くらいの題材を見つけて、本気で取り組むことが大事なんですよね。今回の作品にしても、「サハラ砂漠は行ったことがないから書けない」とは決めつけずに、高い目標を目指して書いたつもりです。

――『闇に香る嘘』でデビューされて三年半ほどになります。五年、十年に向けての抱負は?

下村 もっと読者に作品を手に取ってもらえる作家になりたいですね。幸いにもデビュー作は文庫化されてよく売れていますが、それ以外の作品は数字的にまだまだ。これは自信作だと思っても、反応がついてこないことも多くて……難しいですね。各出版社さんが応援してくれているので、それに応えられるくらいは売れる作家になりたいです。

――毎日をどんなスケジュールで過ごされていますか?

下村 基本的にはずっとパソコンに向かっています。忙しいのはありがたいんですが、部屋に積んである好きな本が読めないのが辛いですね。プロットを作って執筆してゲラをチェックして、日々そのくり返しです。ランニングマシンが部屋にあるのに、それも使う暇がありません。運動といったら考え事をしながら、室内を歩き回ることくらいかな(笑)。起きてすぐパソコンに向かうので、寝ている時間以外はほぼ書いている感じです。

――お体を大切になさってください! 今後もミステリーを中心に執筆されていく予定でしょうか?

下村 時代小説やファンタジーを依頼されても多分書けないと思うので、やっぱりミステリーですよね。現代が舞台で、何かしら謎の要素を含んだエンターテインメントを書いていきたいです。

――では最後に、下村さんの新境地となった『サハラの薔薇』に関して、読者へのメッセージをお願いします。

下村 最近は冒険小説のジャンルにあまり書き手がいないと言われていますよね。この本をきっかけにここにも一人、冒険小説を書くいい作家がいるんだよ、ということを知ってもらいたい。謎あり、アクションあり、エンターテインメントの要素満載の作品です。毎章主人公に究極の選択が訪れるので、小説を読んでハラハラドキドキしたいという方には、きっと満足してもらえると思います。ぜひ手に取ってみてください。

下村敦史(しもむら・あつし)
1981年京都府生まれ。2014年『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。視覚障害者の主人公の立場で書かれた同作は、各選考委員が絶賛。各種ミステリーランキングで高い評価を受けた。その後も『叛徒』『生還者』『真実の檻』『難民調査官』『失踪者』『サイレント・マイノリティ 難民調査官』『告白の余白』『緑の窓口 樹木トラブル解決します』と、秀作をハイペースで刊行。現代的なテーマとミステリーの醍醐味を融合させた作風で、今後の活躍が期待される俊英。

取材・文=朝宮運河  撮影=ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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