西南戦争 民衆の記 長野浩典 著

レビュー

3
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西南戦争 民衆の記

『西南戦争 民衆の記』

著者
長野 浩典 [著]
出版社
弦書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784863291638
発売日
2018/01/20
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

西南戦争 民衆の記 長野浩典 著

[レビュアー] 浦辺登(文筆家)

◆板挟みになる人々の惨禍

 タイトルに「民衆の記」とあるように、本書は西南戦争での民衆の姿を述べた稀有(けう)な内容。九州を北上する西郷軍、南下する政府軍。その挟み撃ちに遭った庶民は家を焼かれ、田畑を荒らされ、食物は徴発された。農繁期、農閑期にかかわらず、庶民は両軍に使役された。威嚇を伴う命令の下、拒絶は死、もしくは刑罰を意味する。

 狂気、動員、災難、見世物、商魂、農民一揆、感染症、戦災復興など、全十章すべて、民衆が受けた災禍で満ちている。印象的なのは、戦死体を一個の物として見ている女性のスケッチ画。人間の脳は、恐怖から逃れるため、自身の感覚すらマヒさせてしまう。この一枚の絵に戦慄(せんりつ)を覚える。

 悲惨な環境下の庶民だが、わずかながら快哉(かいさい)を叫ぶのは、第五、六、七章だ。庶民は怖いもの見たさで戦場に出かけ、千載一遇の商機を逃さず、農民一揆にも便乗する。戦争の大義など、どこ吹く風。実に、したたか。

 本書を読み進みながら、アメリカの南北戦争、幕末の戊辰戦争を思い出した。勝者は敗者に対して圧力を加え、敗者は勝者に恨みを抱き続ける。洋の東西、邦人異邦人の別なく、戦争は人間社会に禍根を残す。このことは、西南戦争でも同じ。西郷軍、政府軍に翻弄(ほんろう)された庶民は、長い年月を経た今でも、複雑なしこりを抱えている。

 著者は「民衆側、惨禍を被った戦場の人びとの側から徹底して描いてみる」と本書執筆の目的を主張する。アインシュタイン、フロイトの対話を引用して人間の本質に迫り、庶民という大多数の視点から、戦争の本質を探ろうと試みた。

 西南戦争とは、いったい何だったのか。いまだ腑(ふ)に落ちる戦記を目にしない。その背景には、戦略、戦術からだけで戦争を解説してきたことがあるのではないだろうか。庶民の視点が加えられた本書は、人類が経験したすべての戦争について見直しを迫り、再評価の方法を示している。

(弦書房・2376円)

<ながの・ひろのり> 1960年生まれ。高校教諭。著書『ある村の幕末・明治』など。

◆もう1冊

 松本清張著『西郷札』(新潮文庫)。西南戦争で薩軍が発行した軍票「西郷札」に材を取った表題作など十二篇の時代小説集。

中日新聞 東京新聞
2018年2月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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