『隣のずこずこ』
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復活!ファンタジーノベル大賞 とぼけたユーモアが光る受賞作
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
森見登美彦など既存の枠に収まらない才能を次々と世に送り出しながら休止にいたった日本ファンタジーノベル大賞が復活した。記念すべき復活後最初の受賞作が柿村将彦の『隣のずこずこ』だ。
主人公のはじめは、中学三年生。彼女が住む矢喜原(やきはら)町(住民は「村」と呼んでいる)に、ある日突然、謎めいた美女あかりさんと、伝説の権三郎狸がやってくる。はじめたちが幼いころから聞かされてきた昔話によれば、よそから来た美女が村を出て行った途端、巨大化した権三郎狸が住人を全員丸呑みして、口から火を吐き、建物も土地も焼き払うという。恐ろしい怪獣なのだが、見た目は信楽焼の狸そっくりでズコズコと歩く。馴染み深い置物の狸をベースに、トトロとゴジラを足したような造形がインパクト大だ。滞在先の旅館を訪れた人にはお茶と美味しい饅頭をふるまい、誰とでも気さくに話すあかりさんも破壊者らしくないので余計にぞくぞくする。
あかりさんは昔話の内容をだいたい合っていると認め、五月三十一日にみんな丸呑みされると宣告。権三郎狸が実際に火を吐くところも見せる。その時点で、残された時間は三週間ちょっと。一見、村人は諦めて受け入れたようだったが、だんだん不穏な空気がたちこめていく。精神のバランスを崩してとんでもない暴挙に出る教師、毎日バーベキューで肉を食べまくる友達の家族など、人々の変容を観察するはじめの語り口がすごくいい。とぼけたユーモアを感じさせつつ、ハードボイルドでもあって。特に姉にふりかかった災いを知って〈角材マン〉になるくだりは切なくて胸が痛くなった。彼女は権三郎狸という理不尽で不可解なシステムについて思考を巡らせ、終盤には闘いを挑む。
合理的な説明がつけられない昔話の暗黒を描いていて新鮮。結末にたどりつくと、冒頭の〈頭がぼやっとする〉という一文から読みなおしたくなる。