『ペインレス 上巻』
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『ペインレス 下巻』
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痛みが無くなることは幸せなのか?
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
痛みは苦しみなのだろうか。この長い物語を読み進めるうちに、私はわからなくなってしまった。痛みを感じられることは、もしかしたら幸せのひとつなのではないか。
ペインクリニックで働く有能で美貌の麻酔科医・野宮万浬は、生まれつき心に痛みを感じない。若い頃から性愛の愉悦と体に感じる痛みに興味を持ち、人体実験を兼ねて様々な人たちを犠牲にし苦しめてきた。だが万浬には精神の痛痒はない。
そのクリニックに、ある日、海外の赴任地でテロに巻き込まれ体の痛みを感じなくなった貴井森悟が現れた。末期癌で往診の治療をする曾根老人からの紹介であった。
後天的に痛みを感じなくなった森悟に万浬は興味を覚え、自らの身体と交わることによる彼の身体の反応と心の機微を観察する。翻弄されつつも万浬を愛してしまう森悟。だが彼女との間にある心の壁を越えられない。
万浬のような人間がこの世に生まれてくるまでには、両親や祖父母の隠された歴史があった。奔放でありながら純粋すぎる人々が、万浬を誕生させ育んでいた。その愛情すら感じることのできない万浬は、ときどき嘘をついて愛しているふりをする。
心の謎を解くために医師になり感情を表さないことで患者の信用を得る。動揺を隠す必要のない医師は、さぞ頼りがいがあるように見えることだろう。
天童荒太の小説の登場人物は饒舌だ。今回も“痛み”について感じていること、思うことを語りつくしている。しかし読者はその言葉の裏にある己自身を感じてしまう。痛みとは人の営みであり、性愛は倍増する。同時に苦しみでもあるが、無くなることが幸せなのか。2018年最大の問題作だ。