エリートは「暗愚」だったか――『経済学者たちの日米開戦―秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く―』

レビュー

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経済学者たちの日米開戦

『経済学者たちの日米開戦』

著者
牧野 邦昭 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784106038280
発売日
2018/05/25
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

エリートは「暗愚」だったか

[レビュアー] 筒井清忠(帝京大学教授)

 本書は近来にない快著である。最近読んだ本で、最もスリリングで面白かった本ともいえる。どこがそんなに面白いのか。著者が、大きな謎に焦点をすえ、それをぐいぐいと解いていくからである。それも正確な実証に基づき、斬新な方法に拠って進めて行くので安定感と斬新さの両方が満たされるのだ。

 昭和史の最大の謎は一九四一年の日米開戦である。この決断が、今日にまでつながる巨大な結果を導いたことはいまさら説明するまでもないだろう。

 その場合、アメリカのルーズベルト大統領の意向が問題になることがあるが、これがどうあろうと日本の真珠湾攻撃で始まった戦争であることはまちがいない。どうして日本は攻撃を仕掛けたのだろうか、とりわけ日本とアメリカの国力差が圧倒的なことは明白なのにどうして日本は戦争を始めたのだろうか、これが最大の謎となる所以である。

 その場合、この圧倒的な国力・経済力の差を日本の指導者たちは知らなかったという見方もある。これは、開戦を中心的に導いた軍人たちの「暗愚さ」とともに戦後ずっと語られてきた。

 しかし、さすがに少しでも歴史の書物を読む人の間ではこうした見方は減っており、現在では、明白な数値差がありながら開戦回避という合理的な判断をなぜ下すことができなかったのかという問題として語られることの方が多い。

 だが、開戦の決定をしたリーダー達というのも帝国大学・陸軍大学校・海軍大学校など当時の最高学府を出たエリート達である。これくらいの判断すらできなかったのであろうか。よく考えてみればこの説もなにやらおかしい。しかし、日米開戦を決めたエリート達というのは、戦後の日本から見れば否定的な対象である。内面に踏み込んで考察するなどという面倒なことをしてうっかり同情でもしていると思われたら大変だ、こうして彼らは「暗愚で非合理的な」人々ということにして今日にまで至ったともいえよう。

 それに対して「待て」と声をかけ、開戦の適否判断の根拠となる国力・物量=経済を専門とする立場から果敢に真実を明らかにしていったのが著者である。

 著者は開戦決定の際の判断のもとになるデータ作成を行う陸軍の経済力調査機関について、その前史から徹底して調査していく。調べてみると有沢広巳という治安維持法違反容疑で検挙され保釈中のマルクス主義経済学の東大助教授をリクルートして調査機関(秋丸機関)の中枢に据えていたのだから陸軍も実は「暗愚」どころではなかった。当時、国民経済全体を扱うマクロ経済学は体系的には存在しなかったのでマルクス経済学の「再生産」の考えを分析に用いていったわけである。

 しかも、有沢は、戦後“自分の作った調査報告では、日本はアメリカに負けるという結論だったので陸軍に都合が悪く採用されず焼却された”というようなことを言っていたのだが、著者はその発言をも丹念に調べ上げ突き崩していく。

 一九四一年の夏にアメリカと日本の国力差を二〇対一とすることを基本にした報告書が出されているが、それは焼却されてはおらず大部分は残っており、著者により発見されることになるのである。また、驚くべきことにその内容の大部分は当時の雑誌などに掲載されており、秘密でも何でもなかったのだった。そうしたものは無数に出ており誰にでも見ることができたという。

 ということは、当時の日本の指導者は誰でも国力差を知っていたのである。そんなことを今頃初めて知らされる我々もうかつで、当時とあまり違いがないように思われ、戦後日本のいいかげんさが恥ずかしくなってくるが、総力戦研究所というところから出たこうしたレポートの一つが唯一無二のように言われたこともあったわけだから、私らはいわばずっとだまされてきたわけである。

 では、それほどの国力差を理解していながら、指導者はなぜ開戦に傾いて行ったのか。

「開戦すれば高い確率で日本は敗北する」からこそ「低い確率に賭けてリスクを取っても開戦しなければならない」という思考になって行ったのだと著者はいう。「必ず三〇〇〇円払わなければならない」か「四〇〇〇円払わねばならない可能性が八割あるが、一円も払わなくてもすむ可能性が二割ある」という選択肢の時、ほとんどの人間は堅実な前者よりも損失回避性志向から後者を選択するという。

 これは、行動経済学のプロスペクト理論というものによるのだが、人間は損失を被る場合は誰しもこうしたリスク愛好的行動をとるのだ、日本の指導者たちもそうしたのにすぎないと、著者は言う。

 尤も、これだけではまだわかりにくい読者もいるかも知れない。詳しくは、本書をぜひ実際に読んでもらうしかないが、昭和研究会、企画院事件、独ソ戦、南進論・北進論の対立、近衛ルーズベルト会談構想、ゾルゲ事件、「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」策定、など日米開戦に至る昭和史上の重要事件がこの問題の考察に絡んで来て叙述は縦横厭きることがない。

 経済学というかたい学問を組み込みながらこれだけ面白い推理小説のような歴史叙述を書くことのできた著者の手腕は並大抵ではない。反論もあろう。反響が今から楽しみだ。

新潮社 波
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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