本の行商人の智恵
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
モンテレッジォは、イタリア・トスカーナ地方の小さな山村。村の広場に建てられた石碑には、こんな文字が刻まれているという。
〈この山に生まれ育ち、その意気を運び伝えた、倹しくも雄々しかった本の行商人たちに捧ぐ〉
本の行商? 山村の人が、どうして?
イタリア在住のジャーナリストである著者は、ヴェネツィアの、行きつけの古書店主からモンテレッジォの本の行商人のことを聞き、心を動かされて取材を始める。関係者は協力的だが、彼らの話はなかなか知りたいことにたどり着かない。章題のひとつに選ばれている〈ゆっくり急げ〉という言葉を実践するように、近隣の村にも足を延ばして歴史のかけらを集め、これまであまり目を向けられることのなかった営みの歴史を描き出す。
根底には、村の貧しさがあった。とりたてて売り物になる特産物もなく、男たちは唯一の産物である石と栗をフランスやスペインにまで売りに行くようになった。帰る途中、空になった籠に本を仕入れ、売り歩いたというのが発端らしい。
一八五八年の村勢調査では八百五十人の村民のうち七十一人が、〈職業は本売り〉と回答したというから、商売にはなったのだろう。出版社から売れ残りや訳ありの本を集めて売り歩く行商人は底辺の存在で、一般書店からは敵視されたが、読者の反応をじかに知るため出版社からは重宝された。彼らにまずゲラを読んでもらい、本に刷るかどうか決める出版人もいたという。
オーストリア統治時代には、官憲の目を逃れて禁書扱いだったイタリア独立派のパンフレットなども運んだ。歴史を動かしたわけだが、禁書が売れるとなると、だんだん自主的に危うい本を仕入れるようになったというから結構したたかな商売人の面もある。彼らの中からは、露天商や常設の書店、出版社を営む者も出てきた。
山村を支配する貴族の生活や、フィレンツェを追われた詩人ダンテにも寄り道しながら、著者は「本の行商人」を産んだ当時の文化や経済の状況、人々の暮らしぶりを丹念にたどる。「本は、世の中の酸素だ」と著者は言う。行商人の仕事は、からだのすみずみまで酸素を届ける「毛細血管のよう」なものだった。本をとりまく環境が激変しているいま、この本は、本の流通とその未来にいま一度、読者の目を向けさせる現代性がある。
本のカバーと同じ、ぎゅうぎゅうに本を詰め込んだ籠を担いだ行商人を描いた栞が挿まれ、巻末のQRコードを読み取れば祭で歌うモンテレッジォの男たちの映像が見られる。丁寧で遊び心を感じさせる小さな版元の本づくりが、この本の内容にふさわしい。