一冊の書に込められた想い それを作る職人たち そして運ぶ人々の物語
[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)
「父もそのまた父も、私たちの先祖は皆、古本を売りに歩いて生計を立てたのです」
内田洋子『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』は、イタリア在住の著者がヴェネツィアの古書店の老店主から聞いたこの言葉が起点になっている。〈先祖〉が住んでいたのは、イタリア半島北部山岳地帯のモンテレッジォ。なぜそんなところから「本の行商」が始まったのか? 疑問を携え、著者はその小さな村を訪れる。
かつて、春になると男たちは村の特産物である栗と石を籠に詰め、フランスやスペインまで足を延ばしたという。空になった帰路の籠に入れたのが本だった。どんな本をどうやって仕入れたのか。誰が買ったのか─村人たちの家を一軒一軒訪ね、彼らと関係を築き、村の「生活の歴史」を知る中で答えが見えてくる。イタリアの隅々まで本を売りに行った人々の軌跡には、驚きの発見が詰まっていた。
豊富な写真が探索の高揚感と喜びを伝える。行商人の直系家族が営む書店を著者が訪ねるパートは感動的だ。
当然ながら、本がこの世に存在するのは作る人がいるからこそ。稲泉連『「本をつくる」という仕事』(ちくま文庫)は、製本マイスターや装丁家、翻訳本のエージェントなど七分野のプロの仕事の舞台裏を取材した一冊。わたしたちが本を楽しむ(愉しむ)ことができるのは、そうとは見せない職人の技が隅々まで施されているからだと分かる。
今から約九十年前、洒落た詩集や、時代の最先端を行く芸術家集団が名を連ねた雑誌を発行したものの、その記録がほとんど残されていない出版社「ボン書店」の消息を追った内堀弘『ボン書店の幻』(ちくま文庫)は、地味だが読み継がれてほしいノンフィクション。二十二歳でボン書店を立ち上げ「一冊も売れない詩誌を作ることが年来の希望」と述べた鳥羽茂という人物の美意識と矜持を拾い上げていく著者の仕事は貴重なものだ。「文庫版のための少し長いあとがき」の最後は、映画のラストシーンのようで胸を衝かれる。