座談会 地方自治研究のあり方とは――『地方自治論――2つの自律性のはざまで』刊行に寄せて

対談・鼎談

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地方自治論

『地方自治論』

著者
北村 亘 [著]/青木 栄一 [著]/平野 淳一 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784641150485
発売日
2017/12/15
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

座談会 地方自治研究のあり方とは――『地方自治論――2つの自律性のはざまで』刊行に寄せて

取り上げた事例について

金井 あと、財政規律、自律性、地域間の格差是正のあたりが非常に面白い点だよね。169頁の三角形の図は、財政の話から、ポール・ピーターソン先生や曽我謙悟さんが論じていた社会経済環境と地方政府の政策選択の話を考えるという意味で非常にわかりやすいと思います。

北村 ありがとうございます。3つの政策理念は同時に達成できないという話は、実は金融政策におけるインポッシブル・トリニティ(トリレンマ)っていう話をモチーフにしています。「自由な資本移動」「固定相場制」「独立した金融政策」は同時に2つまでしか達成しえないという議論です。直接の関係はないのですけど。

金井 なるほど。もっとも、財政調整制度は、この3つを同時に鼎立させ得るという設計を目指しているのでしょう。また、同時に2つすら実現できず、そもそも1つも実現しないこともあるでしょう。国は赤字財政を続け、地域間格差を拡大する集権的な交付金を選別的に支出できますし。

北村 事例についてもお伺いしたいのですが、もし、地方自治の実際の機能を描くために何かひとつだけ事例を取り上げるとしたら、金井先生はどのような事例を取り上げられますか。

金井 たぶん地域振興の話は書かざるを得ないんじゃないかな。戦後日本の地域開発や経済優先の自治体の役割から見ても、輸入学問の点から、シティ・リミッツの話とか福祉の磁石の話を考えても、福祉を取り上げて経済的な話を取り上げないのはバランスが悪いと思ってしまいます。それに、地方政治家や地方公務員になりたい人は、開発とか地域振興に興味があると思うんです。

平野 ちょっと出ましたよね。地方創生も書こうか、みたいな。

北村 そうですね(笑)。

青木 でも、私にとって興味深かったのは、ゆりかごから墓場までという、人のライフサイクルに沿って地方自治を描けたことですね。

北村 人の一生でどのように地方自治体とかかわるのかという観点から青木先生に描き切っていただいたのは本当によかったと思っています。他の類書にはないと思います。自分の人生のどこで地方自治体とかかわっているのかというのを見てほしいなというのが真面目なお答えです。不真面目なお答えは、福祉系の方にも地方自治の教科書を使っていただけたら嬉しいなあという気持ちがあったとかなかったとか(笑)。

金井 でも、子ども時代と年寄りになってからの話で、社会人として地方自治体に接する話は全部すかっと抜けているように思えます。社会人としては為政者側に回るということかもしれませんが。

青木 第4部の章の順番なんですけれど、対人サーヴィスの対象からすると、第11章(子育て行政)、第10章(学校教育)、第12章(高齢化福祉)でもいいとは思うんです。ただ、学生が主として読むとすれば、まず自分が直近受けてきた義務教育。その後、子育てに直面し、最後に介護の問題で地方自治体に出会うということになると思うんです。

金井 そうか、学生としての自分の経験のあとは、自分が結婚したときのイメージなのね、これ。子どもができて、中年になり老人になるということで。生涯未婚率が上がりながらも、なお、事実婚や未婚で子供を持つことが抑圧されている日本社会では、結婚して子供を持つというような家族・世帯形態ばかりではないので、「標準世帯」を想定する人生キャリアに即した章立てが、どこまで当て嵌るかは分かりませんが。

青木 介護もいずれ直面します。自分の親が介護対象になるだろうし、いずれ自分も介護対象になるだろうという建て付けです。

金井 だとすると、まさにそこは本書の見識です。行政のすべきことは、まさに生産年齢人口(15〜64歳)を主対象としたものではないということですね。元気な社会人にかかわることは勝手に民間セクターでやっていけばいいと。そういう人たちではなく、子どもや年寄りへの対応こそが行政の主たる仕事であり、その多くは自治体が基本的に担っているから、やはり学ぶべきだということになるんですね。近年では「地方創生」とか言っているけれど、それは自治の本当の姿じゃないというメッセージがあるんですね。非常に立派です。

北村 ありがとうございます。でも、そこまで考えていたかどうかは秘密です(笑)。

金井 でも、授業で使っていて学生から、「先生、私は、地域の活性化のために地元に帰って頑張りたいんですけれど、この本には全然ないんですよ」という声はないのですか。

平野 たぶん、私も大都市圏以外の出身だからわかるのですが、地方の大学に行くと、「自分の住んでいる地域を良くしたい」と真面目に地方創生や地域振興を考えている学生がすごく多いんですよ。

北村 じゃあ、褒めてもらった後ですけれども、地方創生の章を増やしましょうか。正直に言いますと、入れるべきか、本当に迷ったんですよ。

平野 ただ、地方創生の議論も、このままの形ではずっと続かないだろうという判断はありました。

北村 真面目なことを言いますと、地域振興というのは何をもってそもそも評価するのかというところから、わからないと思ったんですね。地方自治研究の入口に立つ学生さんにどのように抽象的な課題をお見せできるのか自信がありませんでした。
 それこそ例えば、15歳から64歳の生産年齢人口を増やすという議論であったり、または15歳未満の若年人口を対象とした子育て環境の整備が重要なのか、あるいは65歳以上の老年人口の方たちの幸せと安定が重要なのかなどなど対象が拡散します。または富裕層や企業の誘致あるいは起業といった経済振興を通じての地域の富を増やすという話なのか。どこに焦点を当てるかで全く議論が変わってしまいます。従属変数が明確じゃないのにどうしようかと悩みました。
 そして、課題も違いますしね。競争力を強化したい大都市圏と人口減少で消滅してしまうかもしれない農山漁村では全く課題も異なります。こうして諦めました(笑)。

金井 確かに、地域振興は書きにくそうですね。

大阪大学大学院法学研究科教授=北村亘/東北大学大学院教育学研究科准教授=青木栄一/甲南大学法学部准教授=平野淳一/東京大学大学院法学政治学研究科教授=金井利之

有斐閣 書斎の窓
2018年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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