『マーガレット・サッチャー』
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マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」 冨田浩司著
[レビュアー] 松本佐保(名古屋市立大大学院教授)
◆人間性と「女」にあえて焦点
本書は戦後英国政治を代表する元首相マーガレット・サッチャー(一九二五~二〇一三年)を、現役外交官ならではの鋭い洞察力で描いた良書である。アルゼンチンと起こしたフォークランド戦争(一九八二年)や冷戦勝利などの外交面の分析はもちろん、「フォークランド戦争より過酷な闘い」とされる共産主義者スカーギル率いる炭鉱労働者組合との激しい闘争と勝利の分析は、彼女の政策「サッチャリズム」とは何だったのかを知る的確な解説である。
その上で、特に興味を惹(ひ)かれた点は、著者はサッチャーを「人間的にどうしても好きになれない」としつつも、英国で刊行された未公開書簡を使用した公的伝記を参照し、これまであまり注目されなかった人間性に焦点を当てていることだ。一章では彼女の信仰生活に着目。非国教会のメソジスト信仰で培ったカルヴァン主義的な労働倫理観が、彼女の政治家としての仕事ぶりや自助努力の概念に繋(つな)がった点を指摘。宗教的側面からもサッチャリズムを理解することができる。
二章では「フェミニストの敵」と評された彼女の「女」にあえて焦点を当て、実業家のデニス・サッチャーとの「玉の輿(こし)結婚」に至るまでのロマンスを詳しく描く。結婚で得た環境を基に階級社会の英国で、中流の下層出身の女性というハンディを克服して一九五九年、保守党の政治家となる。
以降、当時ほぼ男社会であった政治の世界で、男顔負けの闘いを展開しつつ、女としての政治行動、男性閣僚を説得し同意を取り付ける手腕を描く。娘キャロルの回想録から「両親の愛情は彼女が首相を務めている間に最も深まった」と引用し、女性首相の夫の役割について分析しているのが大変面白い。英国初の女性首相になった一九七九年当時、女王以外で妻がここまで出世した例はない。
評者は今までサッチャーの女性という側面にあまり関心がなかったが、男性である著者によって、失敗も含めた女性リーダーシップの分析の面白さに気付かされた。
(新潮選書・1512円)
1957年生まれ。G20サミット担当大使。著書『危機の指導者 チャーチル』。
◆もう一冊
ニコラス・ワプショット著『レーガンとサッチャー』(新潮選書)。久保恵美子訳。