現代人のかえり方――谷川ゆに『「あの世」と「この世」のあいだ』

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「あの世」と「この世」のあいだ

『「あの世」と「この世」のあいだ』

著者
谷川 ゆに [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784106107948
発売日
2018/12/15
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

現代人のかえり方

[レビュアー] 谷川ゆに(著述家)

 この数年のあいだに、私にとって身近だった人たちが次々と亡くなりました。老齢だった伯父たちや両親です。いつまでも大人になり切れない私は、その一々がとても寂しく、それは心もとなくてずいぶん落ち込みました。

 そもそも、私には特定の宗教的信仰がありません。よって「あの世」も「かみさま」もない。今までは、それで特に困ることもなかったわけですが、いざリアルな死が目の前に突き付けられると、それについて考えるための枠組みも言葉も実は持っていない。どこに求めていいのかすら皆目分からない。そのことに愕然としました。

 いつの間にか近代的合理を身につけてしまった現代人にとっての「この世ならざる」世界や存在とはいったい何なのか。全国を旅して、その土地に古くから伝わる「あの世」と「この世」のあいだに立つことで、その問いに身を浸したくなった背景には、たしかに、そんな私の個人的な状況が関係していたのは間違いありません。

 ところが、各地を彷徨しているうち「まてよ、この世ならぬものをすっかり失ったかに見える私たち現代人も、我知らず『魂のふるさと』に触れていることがあるのではないか」と気づきはじめたのには、自分でも驚きました。

 たとえば私は子供の頃、夏に訪れた河原で、手のひらほどの大きさをした丸い石を、亀のようだと思って拾い、それから一日中、その石を亀としていっしょに遊んだ覚えがあります。川の水に放ったり、また取り出してその甲羅を撫でたり、私はすっかりその小石と仲良くなりました。日がくれて帰る頃には、まったく別れるのが切なくなったほどです。

 現代の大人からすれば、子供ならではの豊かな空想の賜物、ということになりそうですが、石に霊性を認め、親しくつながりをもつ幼い私は、その実、近代以前の信仰のありようにとても近い。八丈島ではたくさんの石を、生命体のように祀った「イシバサマ」に出会いましたし、琉球弧では「石が成長する」と信じられており、かみさまとして大切にされている場所がある。かつての私は、河原でかみさまと遊んでいたわけです。

 古来、死者や神々は、人間が暮らしの中で親しくつながる身近な山海や川、草木、岩石、動物や虫たちの中に感覚されてきました。自然の万物やコスモスこそが、いわば私たちにとっての「魂のふるさと」であるということができます。

 その懐かしい場所に現代人がかえろうとしたとき、道しるべはすでに身体感覚の中に宿っている。子供の頃はそれが顕著ですが、大人になったとしても、自分の内部にある古層、野性的感受性をたどれば、私たちはいつでもそこにかえることができる……、そんなことを感じ考えた本です。

新潮社 波
2019年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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