可朝、千とせ、こまどり姉妹……“老芸人”を追い、見えたもの
[レビュアー] 立川談四楼(落語家)
月亭可朝(つきていかちょう)、松鶴家千(しょかくやち)とせ、毒蝮三太夫(どくまむしさんだゆう)、世志凡太(せしぼんた)、浅香光代(あさかみつよ)、こまどり姉妹という老芸人を著者は追う。都内だけでなく地方公演まで出かけ、楽屋や喫茶店で、あるいは食事をしながら納得するまで話を聞く。もちろん複数回。芸人の話には誇張が多く、当人もネタとリアルを混同していることがあるからで、多くの参考文献に当たりつつ、懐に飛び込む。
最年少が可朝、千とせ、こまどり姉妹の四人で昭和十三年生まれ。取材中に著者は、彼ら全身芸人が戦禍をかい潜ってきたことに気づく。あの戦争をどう凌ぎ、戦後をどう生き抜いたかが加わることで、本書の読み応えは分厚いものになっている。
私に近しい人で、談志の盟友毒蝮三太夫がいる。ラジオの生放送が近所であったので顔を出すと「ナゾカケをやれ」と言われ急遽出演。番組は無事終了したが、毒蝮も集まった老人達も帰らない。話題はあの戦争で、どこに疎開したか、空襲の経験はあるかと本番同様に話が弾むのだ。違いはマイクがあるかないかだけで、毒蝮は本番の倍以上の時間をそこで過ごしたのだった。
著者は月亭可朝の独演会に出かけるが、その日の出来はよくなかった。ロレツが回らず、当人も体調がおかしいと言う。脳梗塞の疑いがあり病院に行く騒ぎとなるが、その日は事無きを得た。しかしそれは変調の始まりだったのかもしれない。取材から本になるまでの間に可朝は亡くなってしまうのだ。
著者はラストで可朝の娘さんへの取材を敢行している。そして娘さんから父としての可朝が語られる。豪胆にして細心、破天荒を売る父がどれくらい迷惑な存在であったかを。そして今にしていとおしいと。全身芸人にも家族がいるのだということを思い知らされる。
こまどり姉妹の凄絶な来し方にも触れたいが、紙幅が尽きた。本誌の読者は彼らとともに歩んでこられた方が多いと思う。是非ご一読を。