『不利益分配の政治学』

レビュー

4
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不利益分配の政治学

『不利益分配の政治学』

著者
柳 至 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784641149267
発売日
2018/09/29
価格
4,104円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『不利益分配の政治学』

[レビュアー] 北山俊哉(関西学院大学法学部教授)

 本誌2019年1月号の書評では、清水真人氏による「関西政治学」というネーミングが政治学者の間で話題となったが、当の濱本真輔氏は筑波大学の博士号保持者である。本書の柳至氏もまた同様であり、筑波大学大学院で指導教員であった伊藤修一郎氏にならって、徹底した調査によって、地方政府の政治行政過程を明らかにしようとする研究者である。

 本書は、都道府県の事業を対象として、政策廃止が一体全体どのようにして起こっているかを包括的に明らかにしようとする。著者は、まず先行研究を幅広く概観し、その問題点の改善に取り組む。その結果得られた戦略とは、前決定過程と決定過程とを区別すること、複数のアクター間の関係を分析対象とすること、政策の存在理由の有無、政治状況、政策の性質という要因との関連性を明らかにすることである。

二重の入れ子モデル

 その結果得られたのが、「二重の入れ子モデル」である。前決定過程と決定過程のそれぞれにおいて何が必要条件となっているか、十分条件となっているかの議論が行われる。

 政策が議題(アジェンダ)として取り上げられるか否かが争われる前決定過程での必要条件とは、廃止が議題に上がった政策が必ず満たしている原因条件である。ただし、この条件があっても結果が生じているとは限らない。次に、十分条件、すなわちある原因条件が存在していれば必ず結果が発生するという条件(の組み合わせ)を分析する。廃止の決定が行われる過程(決定過程)においても、必要条件と十分条件が同様に論じられる。

 前決定過程においては、「外部環境の変動」が必要条件となる。具体的には、社会経済状況の変化、国や他の地方自治体の廃止決定、有権者の態度変化のいずれかが生じている。前決定過程における十分条件は、政治状況と政策の性質である。ここに問題があれば、議題には上がらない。「政治状況」として取り上げられるのは、首長の支持基盤の変化や知事の交代、無党派首長の存在、そして議会における首長与党の割合である。「政策の性質」とは、廃止のコストや政策の形態や存続期間である。

 次に実際に廃止が決定されるには、「政策の存在理由の有無」が十分条件となるという。ここが本書の最大の貢献であり、これについては後述したい。要するに、首長や議会議員などの地方政治家は、政策の存在理由の有無という「建前」を行政職員や審議会から入手して有権者にアピールできなければ、廃止の決定には至らないことがあるとするのである。換言すれば、地方政治家は、自らの行動が公益に沿っていると有権者から判断してもらうために、専門性に基づいた行動を取ることが求められている。これは法律のような公式の制度ではなく、あくまでも非公式な制度によっているとしている。

分析の枠組み

 このモデルを検証するために、都道府県の3つの事業の廃止過程が分析されている。ケースの選択は慎重に行われ、首長と議会議員の推定される選好が異なるように組み合わされた。すなわち、土地開発公社は、首長と議会議員の双方が廃止に肯定的であり、自治体病院は首長と議会議員の双方が廃止に否定的であり、ダム事業は首長が廃止に肯定的だが、議会議員が廃止に否定的であるという推定である。

 まず、結果がどのようにして生じているかを明らかにするために、政策過程を分析する。これは「事例過程分析」と呼ばれる。従前、事例研究と言われてきたものであり、最近ではプロセス・トレーシングとも呼ばれている手法である。

 次に行われるのが「事例比較分析」である。これは全国において2009年度時点で存在していた3つの事業のすべての部署の職員に対して、アンケート調査を行ってデータ分析が行われている。これをもとに行われるのが「質的比較分析」である。これは、必要条件・十分条件を探求しようとする、政治学において比較的に新しい分析手法であるが、これを駆使にしているのが本書の特徴である。

 第2章から第4章までが3つの事業の分析である。それぞれの事例過程分析では、複数の府県の事例が詳細に検討されていて、多くの事例の過程が比較でき、アンケート調査と合わせて、必要条件、十分条件が析出され、モデルの実証ができたと主張する。このあたり、そして本書の最後には政策提言型リサーチ(「不利益の分配への含意))が付言されているあたり、伊藤修一郎氏のDNAが受け継がれているといえよう。

 以上に見てきたように、本書は政策廃止についての一般理論を構築し、それをすべての政策廃止に適用可能なものとする、非常に野心的な作品である。英語ではseminal bookという表現がある。独創的で、将来に渡って大きな影響を及ぼす本であるという意味である。本書はまさにこのような本である。同時にこの分野における最初の一歩であり、今後に渡って、多方面からの吟味を受けるとともに、理論的発展が期待されるという意味もある。

 最初の一歩であることからいえば、この研究によってわかったことには、さもありなんということもある。例えば、政策の性質が特にそうである。土地開発公社であれば、あまりにも土地保有額が多すぎる場合は、清算すなわち廃止には至らない。自治体病院であれば、民間や他の公的な病院が周りに多くある場合には、廃止が起こりやすい。ダム事業であれば、着工開始された後であれば廃止ということにはならない(しかし、大阪府の槇尾川ダムという例外がある)。これ自体が重要な発見であることはいうまでもないが、やはりそうだろうなというのが素直な感想であろう。「廃止が起こりやすい政治状況や政策の性質である場合に、廃止が議題に上る傾向にあった」(215頁)という記述がそれを物語る。

 これに対して、決定過程の十分条件が「政策の存在理由の有無」であったという発見はそうではない。この主張が、本書を論争的なものとしている。すなわち、政策の存在理由の有無という、行政職員や審議会委員が有する専門性に基づいた政策知識、いわば「合理的な要因」の重要性が示されているのである。

公共政策と合理性、アイディアと制度

 アメリカの政策科学の伝統は、政策を合理化することを目的としてきた。それがいかに挫折に終わってきたかということが、評者も共著者の一人である『公共政策学の基礎〔新版〕』(2015年、有斐閣、以下『基礎』)を貫く、執拗低音となっている。政策は、問題の合理的な解決を目指すだけではなく、「利益」の調整でもあるからである。本書の「合理的な要因」の重要性の指摘はまことに興味深い。

 もっとも『基礎』は、その調整の仕方が「制度」に、さらには「アイディア」によって影響を受けるとし、公共政策の理解のためには、オブの知識(knowledge of process)が不可欠であるとしながらも、それだけでは政策過程論と変わりがなくなる。そこでインの知識(knowledge in process)がどのように政策過程を改善するか、知識活用の観点も重要であると主張している。この点では、本書と重なってくる。

 しかし、著者は単にアイディアに着目するのではなく、なぜこのような政策知識を地方政治家が必要とするか、という点にも考慮を加えた結果、そうしないアクターには制裁が科されるという意味で、これを非公式の制度として提起するのである。

 この点は、公共政策学理論にとって重要な課題である。『基礎』ではアイディアは基本的に変化をもたらすものとして考えられているが、本書は、アイディアがアクターを制約することを重視する。アイディア論をさらに改善するのか、本書のように非公式の制度論を説明に含めるのか、アイディアと制度の関係について今後の分析と理論的展開が有望なところである。

 手がかりは、実は、本書の事例にもある。廃止を主張するアクターと存続を主張するアクターの双方がいた、新潟県の4ダムの例である。この帰結は、存続するダムと廃止されるダムと2つずつに分かれた。どちらの主張の知識、言説に説得力があったと考えるべきなのか。

 アイディア論の問題の一つは、どのアイディアが広く影響力を有するに至るかを予め知ることができないところにある。その後の知事選挙の結果でアイディアの説得力を決めるのであれば後付けの説明となる。非公式の制度といっても、「どのような主張をしたときに、有権者がそのアクターが公益に沿った行動をとっていると考えているかを明らかにすることは今後の課題となる」(228頁)という。政策廃止の現象においては、不確実性はそれほど高くないと本書は想定しているが、不確実性が高まると、課題の解決はさらに困難となるだろう。

 また、本書のモデルと伊藤修一郎氏の「動的相互依存モデル」との総合も魅力的な理論的課題である。伊藤氏が指摘するように、自治体は、領域内の社会経済要因及び政治要因という「内生条件への対応」を行うばかりでなく、他自治体の動向を参考にするために「相互参照」をも行うならば、どのようにモデル化すればよいだろうか。

終わりに

 最後に、本書で描かれている、専門的な知識が結果を左右する地方政治の状況は、今やどこに存在するのかとさえ思われる、現下の政治行政状況に触れておこう。

 国会では、官僚が公文書を改ざんしたり、誤りのデータを正すこともなく採決を強行したりしている。不祥事や不適切な事件が発生しても、支持率は高止まりで、選挙は連戦連勝の状態である。その意味で現在の安倍政権は、選挙制度を介して制裁を科すという非公式のルールの下にないように思われる。アメリカでもトランプ大統領が公約の実現だとして国境の壁の建設を主張しているが、安全保障上の危機の専門的な説明はなされていない。

 本書の終章で、全国政治への本書の適用可能性、課題についてはきちんと議論されているので、今後の彼の議論に大いに期待したい。と同時に本書で得られた知識が政策過程を改善し、知識活用の実践例となるよう、評者も含めて努力したいところである。

有斐閣 書斎の窓
2019年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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