世界史を「移民」で読み解く 玉木俊明著
[レビュアー] 根井雅弘(京都大教授)
◆国を越えたつながりつくる
本書は世界史を「移民」という視点から読み解いたユニークな読み物である。
人類が定住して文明を拡大させるには、文明間をつなぐ「移民」が重要な役割を果たしてきた。前三〇〇〇年頃から、エーゲ海周辺にオリエント文明の影響を受けた青銅器文明が形成された。古代ギリシャの中で最も古いとされるエーゲ文明である。ヨーロッパでは古代のギリシャとローマをヨーロッパ文明の源と見なしているが、このエーゲ文明を生んだオリエント文明こそがヨーロッパ文明の源だとするほうが正確だと言う。
また、北アジアの遊牧騎馬民族だったフン人の移動がヨーロッパ全土でゲルマン民族の大移動を引き起こし、それが西ローマ帝国の滅亡をもたらすとともに、ユーラシア大陸から少し離れたブリテン島でのアングロサクソン人の国家の建設につながった。フン人の移動は、さらに東アジアで、中国内の政情を不安定にし、日本に渡来人がやってくる原因もつくった。
ポルトガルが大航海時代の敗者ではないという視点も興味深い。たしかに、オランダやイギリスの進出によって政治的帝国としてのポルトガルの没落は比較的早かったが、ポルトガルが築いた商業ネットワークは決してすぐに滅んだわけではない。インドの綿は、ポルトガル商人が大西洋とインド洋、そして東南アジアを密接に結びつけたネットワークがあったればこそ一時代を築くことができた。商業活動の主体は、国家ではなく商人だったのだ。
イギリスの産業革命の理解も、織布(しょくふ)と紡績だけでなく、主にアルメニア人という「移民」に由来する捺染(なっせん)技術に注目することで一変する。それは産業革命がこの捺染工程の機械化に成功したことで、つまり「脱アルメニア」によって花開いたという理解だ。
というように、「遊牧民を考慮に入れない世界史は考えられない」という本書の主張は一貫している。現在、欧米諸国では移民問題によって国内の政情が不安定になっているが、その背景を知るうえでも有益な一書だ。
(NHK出版新書・842円)
1964年生まれ。京都産業大教授。著書『海洋帝国興隆史』など。
◆もう1冊
貴堂嘉之著『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書)