限界病院 久間十義(ひさまじゅうぎ)著

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限界病院

『限界病院』

著者
久間 十義 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103918042
発売日
2019/05/20
価格
2,310円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

限界病院 久間十義(ひさまじゅうぎ)著

[レビュアー] 南木佳士(作家・医師)

◆地方政治の泥沼の中で

 いま、地方自治体の運営する公立病院の多くが赤字経営に陥っている。この小説の舞台となっている北海道の市立バトラー病院はその典型だ。札幌から列車で三時間。地域の人口流出に歯止めがかからず、医師を派遣してきた医大は大学の医局に残る医師が減ったため、派遣先の病院からの引き揚げを始めた。

 医師が減れば患者も減る。医業収入の減少は賃金カットなどの暗い未来を示唆する。市から派遣されている事務系職員は、いずれは市役所に帰ればよいので本気で病院の改革に取り組もうとしない。すると、沈みつつある船から逃げ出すように、他の医療機関でも働ける優秀な看護師や検査技師が次々とやめていく。

 ただでさえ財政事情の厳しい市は、病院の赤字をなんとか補填(ほてん)し続けてきたが、ついには市長の判断で、開拓地であった地域に国から特別に交付される予算までも繰り入れざるを得なくなる。当然、反市長派は猛然と反対する。このあたりの事情は北海道出身の著者ならではの詳しさで描写される。

 米国からやってきたプロテスタントの伝道師によって無料のアイヌ施療院として開設された歴史のあるバトラー病院は、良質な医療の提供者となるべく新たに赴任した医師たちを否応(いやおう)なく地方政治の泥沼に巻き込んでゆく。

 東京の大学病院で自他ともに認める腕のよい外科医として活躍していたが、オーバーワークで疲れ果て、妻から離婚を切り出され、逃げるように北海道に来た城戸(きど)健太朗を軸に話は多方面に展開する。東大医学部卒で自衛隊のPKO活動に参加経験のある新院長、彼の部下だった美人救急医など、多彩な登場人物がくっきりした輪郭と陰影で描かれ、北海道という広大な土地の上で物語は力強く進む。

 医師と看護師のあいだに生まれる、ひとの生死を扱う者同士の微妙な感情も細かくすくいあげられている。いかに理想を高く掲げようと、医療はその土地に暮らす生活者に寄り添わねば廃れてしまう。意外な結末は、地域医療の本質を言い当てている。

(新潮社・2268円)

1953年生まれ。作家。著書『デス・エンジェル』『禁じられたメス』など。

◆もう1冊

南木佳士著『医学生』(文春文庫)。秋田大学の医学生4人を描く青春小説。

中日新聞 東京新聞
2019年6月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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