[本の森 医療・介護]『限界病院』久間十義/『サリエルの命題』楡周平

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限界病院

『限界病院』

著者
久間, 十義, 1953-
出版社
新潮社
ISBN
9784103918042
価格
2,310円(税込)

書籍情報:openBD

サリエルの命題 = Proposition of SARIEL

『サリエルの命題 = Proposition of SARIEL』

著者
楡, 周平, 1957-
出版社
講談社
ISBN
9784065156056
価格
2,035円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 医療・介護]『限界病院』久間十義/『サリエルの命題』楡周平

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 医療を受ける側にとって、政治や経済の状況が大きな問題となることがある。個人が払う保険料と税金で、国民皆保険が実現している日本でも、自治体の経済状況によっては治療を担うべき病院が存続できなくなっている。久間十義『限界病院』(新潮社)はまさに政治と医療のせめぎ合いを描いた小説である。病院経営という切り口で、日本が抱える医療現場の葛藤を描いた問題作だ。

 北海道、苫小牧近くに位置する富産別市立バトラー記念病院は昭和の時代には病床二百四十床、内科、外科、整形外科など諸科を併せ持つ地域の中核病院であった。

 しかし今、この病院は瀕死の状態にある。新医師臨床研修制度による大学病院の人手不足は深刻で、派遣元である北斗医大から多くの医師は呼び戻され、ひと月前に東京から赴任してきたばかりの城戸健太朗さえ外科部長就任を懇願されていた。

 その上、病院の予算をめぐり市長と反対勢力との対立が激化、次の市長選の大きな争点となったのだ。

 建て直しのために新院長に就任したのは、元自衛隊の中央病院勤務で、PKOでの海外赴任経験のある硬骨漢の大迫佳彦医師と、彼を慕って集まってきた応援部隊であった。日和見を決め込んでいた城戸も否応なく巻き込まれ翻弄されていく。

 生活に不可欠な病院の危機は日本の随所で起こっている現実だ。地方医療の崩壊に警鐘をならす傑作長編である。

 楡周平『サリエルの命題』(講談社)は毎年のように報道される新型インフルエンザの恐怖を描いたサスペンスである。

 アメリカのCDC(疾病管理予防センター)で遺伝子操作による新型インフルエンザの研究を続けていた笠井は、在籍していた日本の東アジアウイルス研究センターから、研究が兵器開発につながると突然の解雇通知を受ける。途方に暮れた笠井をCDCに繋ぎとめたのは、研究データの流出だった。

 その人為的に作られた猛毒の新型インフルエンザ「サリエル」が発病したのは日本海の離島、黒川島。島民は全滅し、世論は騒然とする。ワクチンも唯一の治療薬トレドールも圧倒的に足りない中、政府に打つ手はあるのか。

 本書は「救命ボートの倫理」を突き付けてくる作品だ。沈没間近の船から逃げるための救命ボートに乗れる人数は限られている。誰から救えばいいのか、優先順位はどこに設けるのか。

 政府の苦悩はもうひとつあった。日本の健康保険制度が持つ大きな落とし穴だ。世界から賞賛される日本の保険制度なのに、なぜ他の国では行われないのか。国民が長寿になっていくことで国の社会保障制度の破綻は目に見えている。それを正すのはいつ、誰なのか。

 どちらの作品もすぐに起こるかもしれない現実的な医療パニックだ。首筋に氷を押し当てられたような気持になった。

新潮社 小説新潮
2019年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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