子どもを持たない人生を選ぶとき

レビュー

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いるいないみらい

『いるいないみらい』

著者
窪 美澄 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041054925
発売日
2019/06/28
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

子どもを持たない人生を選ぶとき――【書評】『いるいないみらい』瀧井朝世

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 最近、五十代の女性タレントの離婚が話題となった。彼女がテレビ番組で語ったところによると、二十歳以上年下の夫から「自分の子どもがほしい(から離婚したい)」と言われ、「そうだよね」と受け入れたのだという。彼女と同世代はもちろん、若い女性も衝撃を受けたようだ。かと思えば、元大臣が「子どもは最低三人産んで」と言って大炎上している。子を持つか持たないかという問題は、持つ意志がある人にもない人にも動揺を与える。

 タイムリーといえばタイムリーなのが、窪美澄の新作『いるいないみらい』だ。子どもを持つか持たないかの選択について考える夫婦たちを描いた、短編集である。

「1DKとメロンパン」は、三十五歳の既婚女性が主人公。母親からは「産むつもりがあるなら、一刻も早くなんとかしなさい」と言われつつ、本人にその気はない。夫の収入は自分よりも低く、とても育てられる状況でないというのも理由のひとつ。だがその夫から「赤ちゃん、欲しくない?」と訊かれてしまう。

「無花果のレジデンス」では、三十四歳の夫が二歳年下の妻から妊活を提案され、気乗りしないままに協力する。夫婦で不妊治療専門のクリニックを訪れ受けた検査の結果は……。

「私は子どもが大嫌い」はタイトル通り、子ども嫌いの三十六歳の独身女性が視点人物だ。結婚はしないと決め、子ども連れが多い飲食店は避けるほどの彼女だが、その本音を人には言えずにいる。そんなある日、小さな女の子との出会いが訪れる。

「ほおずきを鳴らす」は五十四歳の一人暮らしの男性が語り手。会社で厳しい上司として振る舞っている彼は、若い頃、結婚したが生後すぐの子どもを亡くしたことを機に、妻と離婚した過去がある。会社の部下や公園で知り合った女性を見守るなかで、彼の心に去来するものは。

「金木犀のベランダ」は、パン屋の夫婦の、妻の視点で語られる。製菓学校を卒業後三軒のパン屋で働き、そこで知り合った同僚と三十三歳で結婚、二年後に二人で店をオープンさせた。店を軌道に乗せるまでは無我夢中、三十八歳で避妊はやめたが、気づけば妊娠することなく四十三歳。妻は店のパンが自分の子どものようなものだと思っていたが、どうやら夫は違うようだ。

 自分の人生において、子どもを持つか持たないか。それは重大な問題だ。なぜならその後の生活を大きく左右することだから。持ちたいのに持てない場合も辛いが、持たないと決断したって、その後に「もしも子どもがいたら、どんな人生だったろう」と考えて心が揺らぐことだってあるのではないだろうか。完全に納得できる時が来るかどうか、それは誰にも分からない。子を持たないと決めた人々、あるいは持てなかった人々は、どのように心の安寧を求め獲得していくのか。そんな心の揺れを、さまざまな立場から、丁寧に繊細に描き出していく。

 昨今は結婚観や家族観が多様化しているとはいうものの、多くの人に、まだ「人は大人になったら結婚して子どもを持つものだ」という思いがある気もする。少子化社会に対する危機意識から生まれる、社会的なプレッシャーもあるだろう。ただ本作は、社会的・外的な要因との軋轢をメインに描くのではなく、あくまでも個人、あるいは夫婦間の内面から生まれる迷いが中心に描かれているのが美点。きちんと自分自身と向き合うことができる人ほど、悩み、苦しむともいえるが、だからこそ、自分で自分を納得させた彼らが辿り着く境地を、読者は温かく感じることができるはず。人生に正解も不正解もないけれど、自分たちなりの答えを模索していく彼らは、ちゃんと己の人生を歩んでいる。だから、その姿にエールを送りたくなる。

 前作『トリニティ』でも仕事や育児など、人生の選択にもがく女性たちを描いた著者。どんな生き方であれ、その人が選んだ道を肯定しようとする描き方に、励まされる人は多いのではないか。自分もその一人だ。

KADOKAWA 本の旅人
2018年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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